関連する料理
棒餃子
近年、日本では春巻きに似た形で鉄板焼きにしたものを棒餃子(ぼうギョウザ)または焼き棒餃子(やきぼうギョウザ)と称して出す店が増えている。しかし中国では餃子とは呼ばず、「褡褳火燒(ダーリェンフオシャオ、dālián huǒshāo)」と呼ばれている。着物の袖口に似ている焼き物という意味の名で、北京 の下町のスナックでありレストランで食べられることは少なかったが、近年は出す店も現れている。
エビ餃子
華中、華北でみられるような普通の小麦粉の皮を使うものと広東料理 で見られるような浮き粉澱粉 を使った、半透明の皮の物がある。
粉果
潮州料理 の点心の一種で、米粉上新粉 )を使った皮で刻んだ野菜や肉などの具を包んで蒸したもの。
豆腐の夾み蒸し
中国語で「醸豆腐(ニヤンドウフ、niàngdòufu)」と呼ぶもので、華南に移住した客家 の人たちが入手困難となった小麦粉の皮の代わりに切込みを入れた豆腐を用い、肉を入れて作ったといわれる。
卵餃子
中国語で「蛋餃子(ダンジャオズ、dànjiǎozi)」と呼ぶもの。小麦粉の皮の代わりに、薄焼き卵を使ったもの。中国で冷凍食品として売られ、鍋料理の具として広まっている。
餃子巻き
おでん の具の一種。餃子を魚のすりみ で巻いて揚げたもの。
手羽先餃子
の手羽先に具を詰めて揚げたもの。
糖餃
「糖絞」の字を当てる場合もある。名前に「餃」が付くが、小麦粉の生地を細長く伸ばしたり、ひねって使って油で揚げ、砂糖 をまぶした中華風ドーナツ の一種。

餃子と同様に小麦粉の皮で具を包んだ中華料理

餃子の有名な街

餃子像(JR宇都宮駅東口広場)

餃子像(JR宇都宮駅東口広場)

餃子で知られる街には宇都宮市静岡市浜松市神戸市福島市 などがあり、特に宇都宮市が有名である。

宇都宮市

宇都宮市の餃子の始まりは補充担任を宇都宮師管区 とする陸軍第14師団 が、1940年昭和 15年)8月以降、衛戍地 を満州としたことから宇都宮出身の将兵が帰国に際して本場の餃子の製法を持ち込んだのが始まりといわれる。市内には餃子専門店と餃子を扱う料理店が合わせて約200軒あり、一般的な販売価格は1人前150~200円程度と低廉で学生がおやつ代わりに食べることが出来る価格帯である。タレは酢だけで食するのが宇都宮スタイルといわれることもあるが、水餃子・揚餃子・焼餃子・スープ餃子など、店舗によりさまざまなスタイルの食べ方が存在する。

1990年平成 2年)、町興しにつながるキーワードを探していた市の職員が、総務省 統計局 の「家計調査年報」において「餃子購入額」で同市は常に上位に挙がっている(調査はスーパー等での生もしくは焼餃子等の購入金額のみで、チルド餃子等の消費量は含まれない。また専門店などで食べられ、外食費として処理される分も含まれない。)ことに注目し、餃子による町興しを提案したのがきっかけで、観光PR に力を入れてきた。 1991年 (平成3年)には業者団体として「宇都宮餃子会」が発足し、行政と民間で協力して様々な企画を仕掛けたことが功を奏し、かつて国際観光都市「日光・鬼怒川」への通過点だった宇都宮が、餃子という大きな観光資源を得ることに成功した。任意団体として発足した宇都宮餃子会は2001年 (平成13年)に協同組合となり、登録商標「宇都宮餃子」の管理や組合直営店「来らっせ」3店舗(宇都宮2店、東京1店)の運営管理なども行っており、現在の組合加盟店舗数は70軒を超えている。こうした市内の餃子専門店の中には、市外に支店を進出させている店もあり、餃子ブームは宇都宮市内に留まらず栃木県 内への広がりも見せている。

またJR宇都宮駅 東口広場には、市がテレビ東京 の番組『おまかせ!山田商会 』とタイアップ しPR作戦を行った際、山田邦子 がデザインし地元産出「大谷石 」の業者によって無償で制作されたオブジェ 『餃子像』が設置されている。ビーナスが餃子の皮に包まれた姿を表現したユニークなもので、観光客の人気撮影スポットとなっている。同時に、宇都宮駅が駅弁 発祥の地であることから「宇都宮餃子駅弁」も企画・販売され、現在も地元業者が数量限定で販売している。宇都宮駅構内の立ち喰いそば屋には餃子そばというメニューがあった。2005年 (平成17年)3月に廃止され、翌年3月に閉場となった宇都宮競馬場 には、「宇都宮餃子会長賞」という冠レースがあった(廃止直前は「宇都宮餃子会長賞リーディングジョッキー賞典」、赤字経営だった同競馬場を支援する目的)。

秋には宇都宮餃子会を中心とする市民手作りのイベント「宇都宮餃子祭り」が定例化している。協賛餃子店(みんみんやシンフー、青源など)が市街で屋台を開き、1人前1皿100円の餃子が振る舞われ、また宇都宮はジャズの町でもあることから街角の特設会場では同日にジャズ演奏が行われ、その中で一般市民や観光客が餃子を食す。「宇都宮餃子祭り」は毎年10月下旬~11月初旬の土日に行われている。

静岡市

静岡市は「隠れ・餃子の街」であり宇都宮と餃子消費量日本一をここ数年間争っているが、市民には余り意識されていない模様である。歴史的経緯から静岡の餃子は満州経由ではなく、朝鮮半島から伝わった物ではないかという説があるが正確な情報かどうかは不明。昭和30年代後半から静岡市内のいくつかの製麺業者が、家庭向けに餃子の具と皮を分けたパックを製造し販売している。

浜松市

浜松市は餃子専門店が約80軒あり、餃子を取り扱う飲食店数を含めると約300軒に上るとされる。浜松の餃子はキャベツをたっぷりと使った甘味が特色で、モヤシ を必ず添える独特のスタイルを持つ。これは家庭用のフライパンで丸く並べて焼くためにできた中央の空間に、店のサービスで茹でたモヤシを添えた事が始まりといわれる。また、昭和30年頃に、満州などで餃子の製法を会得した復員兵 が、餃子を出す屋台を浜松駅 周辺で始めたことが、浜松における餃子の発祥と考えられている。

2007年 1月14日 放送 の『噂の!東京マガジン 』(TBS 系)にて各家庭の餃子購入のための年間支出平均額が19,403円であることが放送された。これは、市独自の調査を営利放送の中で発表された情報である。番組内では総務省の「家計調査年報」における「餃子購入額」の宇都宮市のデータ(2004年2006年 の1世帯当たり年間の餃子購入金額=4,886円)と比較し「浜松は宇都宮の4倍、断トツの全国1位に躍り出る数値」としていた。しかし調査方法が異なり、浜松市の独自調査と総務省の調査は単純比較できない。これについて「浜松餃子学会」は、「総務省の統計は県庁所在地と政令指定都市を対象とした調査であり、1地方都市である浜松市の餃子消費量は本統計には反映されておらず、浜松が最も消費量が多い町であることはほぼ間違いない」としている。浜松市は2007年4月に政令指定都市 となったことから、今後は浜松市も加わっての総務省調査の餃子消費量日本一の座の争奪戦となると言われている。

2007年には「浜松餃子学会」が「B-1グランプリ 」という食の祭典に浜松餃子を出展した。

神戸市

神戸市ではメニューが餃子と飲み物だけという専門店も多く存在する。市内の餃子店は南京町 を中心に水餃子が多く見られ、JR 神戸線沿いには焼き餃子の店が多く見られるという傾向がある。また、神戸の焼き餃子の特色として味噌 ダレをつけて食べることが挙げられるが、通常の醤油ダレの方があくまでもメインとして扱われている。味噌ダレを醤油ダレと混ぜ合わせて第三のタレとする人もまれに見受けられる。

福島市

福島市では餃子専門店を中心に「ふくしま餃子の会」が結成され、餃子の町としての観光PR活動を始めている。福島市内にある飯坂温泉 では餃子専門店の無料招待券が付いている旅行会社のパック商品もある。客層が勤め帰りのサラリーマンであるため、営業時間が夕方からの店が多い。全てというわけではないが野菜が多い具を厚い皮で包み、円盤状に並べて焼き、それをそのまま皿の上に載せて出す餃子が多い。このようなタイプの餃子を出す専門店はにんにくを入れず、薬味として使う店が多い。

八幡(北九州市)

福岡県北九州市 八幡東区 は、かつて鉄の都として栄えた旧八幡市の中心地。その八幡製鐵所 に勤務する労働者は肉体疲労がかなり激しく、ニンニクなどのスタミナ素材を好んで食べていたことから餃子文化が浸透。餃子専門店、ラーメン店など、八幡東区の20店舗以上で「八幡ぎょうざ 」が食べられる。種類は鉄なべ餃子やひとくち餃子、にんにく入りスタミナ餃子、スープ餃子など多種多様。北部九州では餃子の薬味に「ゆず胡椒」を使うこともある。現在、有志が集まり、八幡ぎょうさ協議会(八幡食ブランド実行委員会)を立ち上げており、商店街でイベントなども開催されている。

テーマパーク

餃子に関するテーマパーク も作られている。

餃子外食チェーン

餃子の王将・大阪市放出駅前店

餃子の王将・大阪市 放出駅 前店

餃子販売業者

総合食品商社

餃子等の専門販売業者

餃子(ギョウザ、ギョーザ)とは小麦粉 に水を加えて薄くのばしてつくった皮でエビ などで作った具を包み、茹でたり焼いたり蒸したりした食べ物である。


生の餃子

生の餃子

広東料理店(神戸市)の海老餃子(左)と小籠包(右)
広東料理 店(神戸市 )の海老 餃子(左)と小籠包 (右)

歴史

歴史は古く、中国の春秋時代紀元前6世紀 頃)の遺跡からはすでに食べられていた痕跡が見つかっている。敦煌 代の墳墓 では、副葬品として壺に入った餃子が乾燥状態で発見されている。

餃子は中国華北 の料理で、北京語 の発音では「ジャオズ(ピン音jiǎozi)」といい、中国東北部 で特によく食べられる。それとは別に華南で発達した点心 として食べられる蒸し餃子がある。

名称の由来

日本語での発音として一般的な「ギョーザ」という呼び方は、山東 方言の発音「ギァオヅ(giaozi)」に由来しているという説のほか、朝鮮語 の「キョーヂャ」、満州語 に由来するという説がある。山東方言説は煙台 周辺で歯茎硬口蓋音 のj([tɕ])が軟口蓋音 のg([k])に近く発音されることによると思われるが、煙台 周辺では「古飵(グージャ、guja)」という言い方のほうが普通であり、「餃子」の発音も「ギャオダ(giaoda)」や「ギャオラ(giaora)」なので正しくなさそうである。主要都市の方言 では安徽省 合肥 で「ジオザ」と発音しているのが比較的近い。

日本での餃子

日本 で食べられる餃子は戦後満州 を経由して流入してきたものであり、薄目の皮を使い焼いて食べる焼き餃子が主流である。具にニラニンニク を用い、また白菜 の代わりにキャベツ を用いることがある。大衆的な日本人向けの中華料理 店やラーメン 店などのメニュー、家庭の手軽な惣菜 として定着している。日本で初めて餃子を食べた人物は徳川光圀 とされており、亡命していた朱舜水 から教わったという。

一方朝鮮半島 から流入してきた餃子もあり、これは白菜 の代わりに大根 を用いる。

また、日本では米飯 のおかずとして食されることも多いがこれは日本独自であり、他国では一般的ではない。

中国での餃子

具を皮で包む(台湾)

具を皮で包む(台湾)

中国の華北で食べられる餃子は主食を兼ねたものが多く、皮は厚めにして湯に入れて茹でる食べ方の水餃子が主流であり、焼き餃子はあまり食べられない。もともと焼き餃子は残り物の餃子を焼いて食べるものであって、鍋貼(グオティエ、guōtiē)と呼ばれあまり上品な食べ物とは思われていない。鍋貼はむしろ華南で点心の一種として出されることが多い。中華圏では水餃子と鍋貼の具としてニンニクを入れる習慣はない。店によっては生のニンニク片が卓上に置かれる事もあり、食べる者の好みにより生ニンニクを齧りつつ食す方法がある。

中国で点心として食べられる餃子には皮や具や形に工夫を凝らし、皮に小麦粉ではなく米粉を使うなどさまざまなバリエーションが存在する。陝西省 西安 などには「餃子宴」と称する、違う種類の変わり餃子を次から次へと出すフルコースがある。

餃子はその発音が交子(子を授かる)と同じであることや、 代の銀子の形に似ていることにより縁起の良い食べ物としても珍重される。また「交」には「続く、末永し」という意味もあり、春節 には長寿を願い食される。また皇帝も王朝と社稷の永続を祈願し春節のときだけ餃子を食したという。

中国での餃子の具

中国では豚肉、白菜、ニラなどを使った一般的なものの他に下記の様な具のものがある。

餃子の種類

焼き餃子

焼き餃子
揚げ餃子
揚げ餃子
焼餃子
基本的には一度茹でた(あるいは蒸した)餃子を最後に焼く。
家庭で作る場合はフライパン中華鍋 、専門店では鉄板などを用いる。フライパンに並べた餃子に少量の油と水を加え蓋をして蒸して、水分が蒸発したら蓋を取り、さらに加熱して焦げ目をつける。
油で焼いて焦げ目をつけてから水を加えて蒸し焼きにする方式もあれば、それを誤りだという人もいる。
蒸す時の水に片栗粉 や小麦粉を少量加えることもある。焼き上げたあとパリパリした薄皮ができ、これを羽根 餃子(羽根付き餃子)と呼ぶ。
これはおもに満州族第二次世界大戦 後の中華人民共和国 では満族と呼ぶ)の調理法で、現在の日本では最も幅広く浸透している。これは第二次世界大戦後に満州からの引き上げ邦人が広めたためである。日本式の焼き餃子では肉の臭みを消すためにニンニクを入れることが一般化しているが、中国ではニンニクを入れることはほとんどない。
中国の焼き餃子は油たっぷりで焼くため、底面は揚げ餃子に近い仕上がりになっていることもある。
水餃子
現在中国での一般的な食べ方。焼き餃子よりも厚めの皮で作られた餃子をお湯で茹でたもの。タレを付けて食べる。皮が強くないと茹でる時に中の具がバラけて台無しになる。ゆえに作りおきが難しい。
日本国内で流通している家庭用の餃子の皮の多くは焼き餃子で作った際に最適の食感となる様に作られている為、水餃子には向かないものが多い。水餃子を作る場合は『厚手』や『水餃子用』と明記されているものを使用した方が無難である。
スープ餃子
水餃子に似ているが、野菜など他の具と一緒にスープ に入れて供する。ワンタン に近い。これに近い料理には朝鮮半島マンドゥ クク、ロシア のペリメニなどがある。
蒸し餃子
中国でも華中、華南の点心ではもっとも普通の食べ方。味が水に逃げず、皮の食感が楽しめる。タレは付けてもよいが、中国ではそのまま食べられる味付けになっている。変わり餃子もこのタイプが普通。米の皮を使用した場合、皮が薄いので中の具が透き通り美しい。
揚げ餃子
揚げ焼売と同様日本ではなじみ深いが、中国で見かける機会は多くない。ただし、この調理法による料理は中国にも確かに存在している。
変わり餃子
金魚ウサギ白菜 などの形を餃子で作ったものや、三角形 や花のような形に包んだ餃子。形や皮に付けられた色を保つために蒸して加熱する場合が多い。

ハヤシライスは、薄切りした牛肉タマネギバター で炒め、赤ワインドミグラスソース で煮たものを白飯 の上にかけた料理。日本独自の料理で、代表的な洋食 のひとつ。大阪・神戸では「ハイシライス」と称する場合もある。洋食屋では、たまねぎ と薄切りの牛肉 を炒めてトマトピューレ またはトマトケチャップ で和え、ドミグラスソース で軽く煮込んで作る事が多い。また、即席の固形ルー が市販されている。

名前の由来

  • 丸善 の創業者である 早矢仕有的 が考案したという説
  • レストラン「上野精養軒」の林というコックが賄い食として考案したという説
  • ハッシュドビーフ ・ウィズ・ライス(Hashed beef with Rice ただし本来ケチャップは使われない)が「ハッシ・ライス」と訛ったものであるとの説
  • ハヤシライスは、四足の肉ということで牛肉が受け入れられていなかった時代、このような料理を食べていたら罰が当たる、「早死にする」ということから世間でハヤシライスと呼ばれはじめたとの説
  • 明治の日清戦争後に開けた大陸航路の港、門司港の栄町商店街にある大衆レストランが、船に乗る急ぎの客用にケチャップベースの「早いライス」、すなわちハヤシライスとして考案したのが発祥だという説

など諸説ある。

『丸善百年史』には、有的が野菜のごった煮に飯を添えたものを友人に饗応し、それが有名となって人にハヤシライスと称され、いつしかレストランのメニューにもなったとの説が書かれてある。しかし、書中ではこれをあまりに話が出来すぎていると指摘し、明治初年以来の洋食屋である神田佐久間町 の三河屋にてハッシュ・ビーフが流行った旨を言い、「これとライスと合せて称したものが、ハヤシライスの語源に違いない。しかし三河屋も有的が贔屓にした料理屋であるから、間接に関係があるといえば、いえないこともあるまい。」とも記載されている。しかし、いまだに丸善はハヤシライスの元祖の看板を下ろしてはいない。そのため、丸善ではほとんどの店舗でいまだに自社製造のハヤシライスソースの缶詰が販売されている。

その他

肉は牛肉が一般的であるが、豚肉 を使う場合(なお、豚肉を使用した場合は名前が「ポークハヤシ」となる)もある。また、マッシュルームしめじエリンギ 、あるいは薄くスライスしたシイタケニンジン を入れることもある。ご飯の上に、プレーンオムレツ を乗せた「オムハヤシ 」などもある。


ハヤシライス