河合神社、その5
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さて。
40代を歌人として頑張っていた長明ですが、ここでもちょっと下鴨神社関連で問題が発生。
光行賀茂社の歌合で、賀茂社関連の詩を詠んでね、月の詩を詠んでね、なんて言うお題に、
『石川やせみの小川のきよければ月もながれを尋ねてぞすむ』
(石川の瀬見の小川が清らかなので、月もこの流れに誘われて住(澄)んでるんだよね)
と詠みます。
あれ?賀茂社に「瀬見の小川」なんてないじゃん!と判定され、最初この詩は却下されました。
しかし負けじと長明は、判定をもっと上の人間に求めます。
そこで素晴らしい詩と判断され、この詩はその後『新古今和歌集』に堂々と載る事になるんですね。
が、しかし。
瀬見の小川(今で言う蝉の小川)と言う名は、当時賀茂社神職のみが知っているものでした。
(だから最初に却下された)
長明は賀茂社縁起に書いてあったんだから間違いないです、と訴えた訳です。
その後『瀬見の小川』と言う言葉で詠まれる詩が、世間に続々と出るようになりました。
それを知った禰宜の鴨祐兼(長明と禰宜争いをした人)は怒る怒る。
神社の縁起を易々と話すなよと、かなりの非難をしたようです。
その辺は長明さん、さらりと受け流したみたいですが。
鴨長明にとって『新古今和歌集』に自分の詩が選ばれた事は、この上なく嬉しかったんですね。
が、しかし。
50代になった頃、長明に再び神職復帰のチャンスが回ってきます。
それは河合神社の禰宜の座が空いた事。
今では下鴨神社の摂社とされている河合神社ですが、当時は『ただすのやしろ/只州社』と呼ばれる名神大でした。
正しくは『鴨川合坐小社宅神社』(かものかわあいにいますおこそべじんじゃ)、勿論式内社です。
河合神社の禰宜となる事は、長明にとっては神職の夢を再び手に入れるチャンスだったのです。
で、ここでも邪魔されるんですよ。
鴨 祐 兼 に !
またおまえかー
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