どうも。
一人旅日記続きです。
暇人であれば読んでください。
<21日目>
チュ-リヒ(スイス)からフライブルグ(ドイツ)へ移動
初ドイツに入国。
フライブルク半日観光。
フライブルクは現レッズのフィンケ監督(今年退任だけど)が以前指揮していたクラブがある都市。
駅のサッカーショップでおじさんがフィンケが今レッズにいることを知っていた。
昼飯はサブウェイ(ドイツにはたくさんある)
セットメニューはポテトではなく強大なクッキーだった。
その後フライブルクからフランクフルト移動
(フランクフルト泊)
<22日目>
フランクフルト→ケルン移動
ケルンではカーニバルが行われていて、とんでもない人でした。
皆仮装してお酒飲んで踊ってました。
俺は仮装し忘れたのでカメラマンに徹しました
その後、ケルン→デュッセルドルフ移動。
宿探しに苦戦、走り回って宿ようやく宿確保
夜、デュッセルドルフは日本人通りがあるので匠っていうお店でらーめん屋で醤油ラーメンチャーシュー丼セットを食す。11.5ユーロ
店員はすべて日本人で客は8割日本人2割ドイツでした。
(デュッセルドルフ泊)
<23日目>
デュッセルドルフから日帰りでドルトムント行く
夜、ドルトムント対ハンブルガーSV観戦235ユーロ(HISにて事前手配)
香川がゴールを決め、2ー0で勝利!
日本人のため周りの人から握手を求められ英雄になれた。
試合後の地下鉄車内でお互いのサポーターが一緒に歌って踊って仲良くしていたのが印象的でした。
ドイツでは友好的なんだね。感動しました。
イタリアではまずない。
(デュッセルドルフ泊)
<24日目>
デュッセルドルフ→ヴォルフスブルク移動
ヴォルフスブルク対シャルケ観戦(50ユーロ)
チケット完売でヴォルフスブルクサポーターに尋ね、チケットを探してもらう。ホントいい人だった。
試合は2-2ドロー。長谷部も内田も先発フル出場で頑張ってました。
そのため日本人観光客がそこらじゅうにいた、俺もだけど(笑)
試合後ヴォルフスブルク→ベルリン移動
電車で相席になった小学生の男の子がかわいかった(笑)
俺の日本語のガイドブックに興味津津でした、ビックマック食ってたけど。
(ベルリン泊)
<25日目>
ベルリン→コットブス(旧東ドイツ)日帰り。
ブンデスリーガ2部コットブス対1860ミュンヘン観戦11.5ユーロ
コットブスは元レッズの相馬がいるクラブ。
残念ながら控えの相馬に出番はなかった。試合は0-0。
試合中は優しくてノリの良い年配夫婦と一緒に観戦、けどドイツわかんないので笑顔とジェスチャーで乗り切りました。
(ベルリン泊)
<26日目>
ベルリン市内観光
ベルリン壁を見る。過去の悲惨な歴史がそこにありました。
夜はブンデスリーガ2部ヘルタベルリン対ボーフム観戦22ユーロ
会場のオリンピックスタジアムは06年ワールドカップ決勝舞台だった所。
元川崎のチョンテセ(ボーフム)が後半から出場、試合は2-0ヘルタ勝利。
ドイツ4試合観てヘルタベルリンのサポーターが一番熱狂的だった(意外でした)。
<27日目>
ベルリンからフランクフルト移動
4時間かかる。
フランクフルト観光
最後の夜なので奮発して珍しくレストラン行く。
ソーセージ盛り合わせとスープ、ビールを注文、合計24ユーロ。
調子にのって食後ドイツのスタバでココアとマフィンを食べる。
久しぶりの豪華すぎる夕食のため、胃もたれになる。
<28日目>
最終日
フランクフルト国際空港からアムステルダム(オランダ)へ
乗継1時間しかなく小走り、ちょっと焦る。
アムステルダムから成田へ。
アムステルダムからの搭乗ゲートの大量の日本人を見て、
日本への帰国を実感。
<29日目>
アムステルダムから11時間かけて、13時過ぎ成田着。
日本人の多さに逆に戸惑う。欧州人が恋しくなる。
税関検査の人に「一か月も旅いいですね!」って言われた。
優しい感じの対応に驚く。
京成線でさいたまに帰国。
今にいたる。
<旅を終えて>
一か月日本を離れると、客観的に日本の良さがわかりました。
やっぱり日本食は世界一うまいということ(笑)
それとコンビニのありがたさ、店員接客態度の良さとか。
そして電車は遅れないし。
けど、日本は便利すぎるのかなと思います。
電車が遅れても、コンビニが24時間営業してなくても、ちょっと不真面目な店員さんがいてもいいと思う。
ドイツもスイスもイタリアもいい意味でテキトーで、気負わずに生活しているような感じがします。その方が人間らしくていい。
そんなわけでいろいろといい経験になりました。
また今度は機会があればイングランド、スペイン、オランダあたりに行きたいです。
一人旅はやめられないようです。
以上。

