第39回『らしさ』 | ノダの一人ジャム。

第39回『らしさ』

長い話になります。覚悟なされよ。





第39回『らしさ』



らしさって何だろう?と考える事がよくある。

俺は基本的に自分自身にとても興味があり、それ故に他人にも興味がある。
だかららしさについて考える事は少なくない。

音楽をやる時にやはり優れている、楽しい、カッコ良い等も大事な要素であるが、自分らしいか?って所はとても重要である。

世界で一番新しい自分達の新曲、しかもカッコ良い。
なんてのが出来た日にはもう最高の気分である。
まぁ、なかなかある事ではないが。
オリジナリティの無い音楽はつまらない。
オリジナリティの無い発想はつまらない。
オリジナリティの無い話は聞きたくもない。


だが、オリジナリティとは、らしさとは、アイデンティティとは(全部言いたい事同じ)誰しも当たり前に持っているものである。
似ている事はあるだろうが、同じ事はない。どうしても同じ事や同じ物は再現出来ない。

だから良いとは言わない。やはり自分としては強烈な個性が欲しいのだ。みんなオンリーワンなのは当たり前過ぎる事なのだ。
むしろワンと言う言葉には常にオンリーという言葉も付きまとっているのではないだろうか?(たまにロンリーだ笑)

オンリーワンかもしれないけど、何にも揺らぐ事のないオンリーワンはなかなかいない。
なかなかいないから強烈な個性なのだが、、、




この話は出口がない。
終わりがない。今の生活も悪くない。自分も悪くない。世界も悪くない。しかし欲や、理想からは遠すぎる。
そしてらしさを求めながら模索していくうちに自分を疑う事が増えてしまう。

自分探しの旅に出て迷子になってしまう事はよくあるのだろう。
もしかしたら見たくなかった自分を知る事もあるだろう。

らしさを求めながら歩いても見つかる訳がないのだ。らしさとは自分の目には映らない自分の影のようなものだろう。

自然体こそが自然。結論はそうしたつまらない所に行き着く。

武道等も突き詰めると構えがなくなったりするそうだ。
人の隙を突こうとすると隙だらけになるものらしい。

俺は一体何なのだろう、と考える。きっとこれは自然な発想だ。考えている人も少なくないはずだ。
だが俺とはまさにこの思考と肉体そのものだ。
俺とは俺だ。

『我思う故に我有り』

『我有る故に我思う』

どっちもそうなのかも。
ただ世界や他人、そして自分は未だ不思議だ。

だから今日も俺は俺でいるのである。生きてみるのである。俺らしさ等あってないようなもんだ。
俺が思うようにやる。
そしてまた同じ事に悩む、、、馬鹿みたく繰り返す、、、



まぁ、それって結局俺らしいのかもな(笑)