本日の走行距離
日付が変わる頃に無事帰宅しました。
とにもかくにも、とりあえず
無事物資を届けられてホッとしています。
結局、今日一日で
700キロ程走りました。
恐らく自分的には
最高距離数です。
受け渡した後、知り合いの役所の方に
「今から海岸の方に行くのですが
一緒に行きませんか?」
と、誘われました。
そして、そこで目にしたのは
3週間経った今でも残る
生々しい数々の傷跡でした。
瓦礫の山
陸地深くまで押し流された
テトラポット群
同じく、陸地深くに押し流された船
湖のように、海水が溜まったままの陸地
こういった場所は、すべてかつての
住宅地だったそうです。
海からかなり離れても
一向収まらない傷跡には
ただただ言葉がありませんでした。
そして今でも多くの自衛隊の方々が
行方不明者捜索をしていました。
当たり前の事ですが
この状況から復興していくのは
本当に並大抵の事ではないことを
痛感しました。
そして、
先が全く見えない現在の状況の話を
現場の方から聞くことができました。
自分が出来る事は何があるか分かりませんが
この目で見て聞いた事を胸に刻み込んで
これからの日々を過ごして行きたいと
思います。
とにもかくにも、とりあえず
無事物資を届けられてホッとしています。
結局、今日一日で
700キロ程走りました。
恐らく自分的には
最高距離数です。
受け渡した後、知り合いの役所の方に
「今から海岸の方に行くのですが
一緒に行きませんか?」
と、誘われました。
そして、そこで目にしたのは
3週間経った今でも残る
生々しい数々の傷跡でした。
瓦礫の山
陸地深くまで押し流された
テトラポット群
同じく、陸地深くに押し流された船
湖のように、海水が溜まったままの陸地
こういった場所は、すべてかつての
住宅地だったそうです。
海からかなり離れても
一向収まらない傷跡には
ただただ言葉がありませんでした。
そして今でも多くの自衛隊の方々が
行方不明者捜索をしていました。
当たり前の事ですが
この状況から復興していくのは
本当に並大抵の事ではないことを
痛感しました。
そして、
先が全く見えない現在の状況の話を
現場の方から聞くことができました。
自分が出来る事は何があるか分かりませんが
この目で見て聞いた事を胸に刻み込んで
これからの日々を過ごして行きたいと
思います。




