ニカは、自分の部屋で、両目が上下にズレ、四本肢の長さがバラバラの、異常に痩せこけていながら、やたら動き回る、得体の知れない生き物を前にして、頭を抱え込んでいます。そこに、魔法学校に在る寮の、同じ部屋を宛がわれている一人、ミリィが近付いてきて、話し掛けます。




ミリィ「何、それ・・・?」

ニカ「猫・・・よ」

ミリィ「嘘! ていうか、生き物なの? 精々、何かの微生物を大きくしたようにしか、、、、立体感が無いし、ペラッペラッじゃん!」

ニカ「失礼ね、、、、よく見なさいよ」

ミリィ「・・・確かに、目とか、鼻とか、口とか、、、、何と無くフサフサしてるのは、ひょっとして、毛? でも、肝心の髭が見当たらないし、、、、百歩譲って、生き物だとしても、到底、猫には見えないわ・・・。第一、如何して、こんなに不自然な毛並み、、、、ていうか、気色悪い色感なの? 画用紙みたいに真っ白じゃない・・・」

ニカ「・・・そのまんま、画用紙から誕生したからよ・・・」

ミリィ「あぁ、、、、あの、“魔法に於けるデッサン”の課題? そうか、サボって、手を抜いた訳ね? だから、しかも、こんなに薄っぺらい・・・にしても、酷過ぎない? イメージ力がゼロじゃんよ」

ニカ「パリス先生が、ちゃんと説明してくれないから・・・」

ミリィ「しかし、あんた、零落れたもんだねぇ・・・。入学当初は特待生扱いで、こんな、初歩の訓練は免除されてた筈なのに、、、、今更になって、やらされてるんだぁ・・・」

ニカ「面白がってるでしょ?」

ミリィ「ううん、憐れんでるのよ」

ニカ「ムカつく・・・!」

ミリィ「その口振りだと、又、“運が悪いだけ”としか思ってないんだろうけど、、、、どんなに、潜在能力が高かろうとも、実践に活かせないんであれば、それは、“宝の持腐れ”ですらないんじゃない? 胡桃を割るみたいに、実だけを取り出せればいいけど・・・? でも、魔法は缶に詰め込んで、何時でも、誰でも気軽に使えるよう、売り出したり出来るものじゃないし、所詮、限られた者のみの資質に過ぎない訳で、、、、それだけに、齎された特権には、相応の責任が洩れなく伴う筈なのに・・・」

ニカ「ゴメン・・・」

ミリィ「ん? 何で、謝ってんの?」

ニカ「分かんないけど、、、、何か、気分を悪くした感じ、だったし・・・」

ミリィ「思い当たる節も無いのに、雰囲気だけを探って、唯、その情報のみで、深く掘り下げもせず、とりあえず謝ってみた、、、、って事? 全く、あんたってば、どこまでも、怠慢ぶっこくのね? 呆れた・・・」

ニカ「だって、あたしには、他に考えなきゃいけない事が有るし、、、、今日から三週間も、この、キショい猫を世話しなくちゃならないかと思うと、ホント、気が重くて・・・。勿論、分かってるよ、、、、因果応報だって事ぐらいは・・・」

ミリィ「細かいところを突くようだけど、、、、引用としては、“自業自得”の方が適切かと・・・」

ニカ「でも、、、、指導の一貫にせよ、パリス先生の遣り方は、一寸、汚いよ・・・」

ミリィ「“でも”の意味が無くなるような、言葉の繋げ方だけど、、、、多分、『魔法の失敗を取り返すのは(修正するのは)、やはり魔法でしかない』という事なんじゃないかな?」

ニカ「もう、やってみたもん」

ミリィ「あ、やってみたんだ? でも、、、、これね、“でも”の正しい引用は・・・。改めまして、、、、でも、あんたがパリス先生の遣り方を否定しているように、あんたが“やってみた”とする、その遣り方だって、間違ってない、、、、とは言えない筈よね?」

ニカ「・・・じゃあ、如何すればいいの?」

ミリィ「あ、それ、訊いちゃうんだ? まぁ、いつもの事だけど・・・」

ニカ「だったら、いつも通り、教えて?」

ミリィ「・・・いい? “魔法”は、大まかに言っちゃうと、変化を与えるもの、、、、あんたは、その、変化を与える対象にしか、意識が行ってないんだよ」

ニカ「でも、集中力が大事だし、変化を与えたくない領域にまで、意識が奪われれば、精度が失われちゃって、魔法自体の効果に影響するし・・・。あ、“でも”の用法、合ってた?」

ミリィ「ゴメン、それ無視・・・。集中力云々についてを言えば、それは、普通の場合、、、、あんたの魔力は桁外れて、大き過ぎるから、周囲への余波も考慮しつつ、変化させたくない範囲をもイメージした上で、施さなければならないんだよ」

ニカ「そう言うけど、、、、周囲どころか、その目標にすら、変化が無かったのに・・・」

ミリィ「一旦、魔法で作り上げられた物には、既に、魔法への耐性が備わってしまっている、、、、突き崩すのには、魔力を全体へと及ぼさないと・・・。例えば、この、ずれた目の配置を整えようとして、その部分にだけ、エネルギーを放射しても、全体の細胞組織にまで染み渡っている、先んじて、固定されている妖素の結束力には打ち勝てず、当然の如く、弾かれてしまう、、、、強引にも割り込むには、それを上回る、莫大な熱量が必要になるの。逆に言うと、あんたみたいな“馬鹿魔力(ばかまぢから)”の持ち主には、向いている作業なのかも知れない。但し、一貫したイメージが伴っていない場合、魔法の効力は分散するし、“対象物の構造を一時的に分離させて、尚且つ、組み立て直す”という工程になるんだけど、そのアプローチに於ける<よくある失敗>の一例、“破壊してしまう”にすら達していない訳・・・」

ニカ「あたしが・・・?」

ミリィ「そう、、、、何もしなかった、のと同じ・・・」

ニカ「ミリィには・・・?」

ミリィ「頼ろうとしてもダメよ。あたしの力量だと、“修正魔法”は、艶出しぐらいの効果にしかならない・・・」

ニカ「でも、あたしには、少なくとも、可能性が有る・・・?」

ミリィ「前向きな、良い捉え方じゃない。“でも”の使い方も合ってる・・・」

ニカ「よし! パリス先生を見返してやる!」

ミリィ「でも・・・」

ニカ「ん?」

ミリィ「曲がりなりにも、相手は動物、、、、如何なるにせよ、“破壊してしまう”なんて失敗は頂けない、と思うけどな」




ニカは、地を這うような低音の、擦れた声質で、『ニャーゴ、ニャーゴ』と鳴き続けている、奇形の、いや、ある意味、悪ふざけの産物でしかない、自らの作品としての、不自然で、歪な生き物(猫?)の方を見遣りました。




ニカ「・・・こんなんでも?」

ミリィ「こんなんでも・・・!」







後日、、、、ミリィは、パリス先生の許を訪ねます。




ミリィ「一応、焚き付けときましたけど、、、、試行錯誤してるみたいで・・・。大丈夫でしょうかね?」

パリス「いや、それで好い、、、、考える力と、思い遣る心を養う為の課題で、ニカ専用の特別カリキュラムじゃからの。クリアするか、如何かは、重要では無い。それに、あの画用紙は特殊な代物でな、三週間程度を経れば、跡形も無く消失する運命だし・・・」

ミリィ「うわぁ、、、、人が悪い・・・!」








更に一ヵ月後、、、、校内を歩いていたミリィは、ニカに呼び止められ、足を止めます。その方を見遣れば、遠くの方から駆け寄ってくるニカの姿、そして、その頭上に、何やら、帽子の類では無い、ずんぐりとした、黒い物体が載せられているのに、彼女は気付きます。




ニカ「久しぶりだね!」

ミリィ「あんた、ここんとこ、ずっと、自分の部屋に閉じ篭ってから、、、、一ヶ月も、、、、のめり込み過ぎだよ・・・。退学勧告すら噂されてるし、、、、最低限、留年は覚悟しておくべきね」

ニカ「そんな事より、これを見て!」




ニカは、自らの頭の上を指差しました。ミリィが目を凝らして、よくよく見ると、それが、非常に美しい毛並みをした、黒い猫で在るのに気付きます。目鼻立ちも整って、気品らしささえも醸し出す、凛々しい面相を持った、未だ幼い子猫でした。




ミリィ「可愛い・・・! 如何したの、このネコちゃん?」

ニカ「如何したの、は無いでしょ? この一ヶ月間、何の為に、あたしが部屋に閉じ篭ってた、と思ってるの?」

ミリィ「え!? そんな、、、、まさか・・・?」

ニカ「そんな、驚かなくても、、、、失敗する、と思ってたの?」

ミリィ「いや、、、、だって、もう、三週間以上、経ってるし・・・」

ニカ「あぁ、、、、うん・・・。只の画用紙から実体化した動物の観察レポートを提出しなきゃいけなかったんだけど、それの代りとしての、こういう成果を突き付ける事で、パリス先生を見返してやるつもりだったのに、、、、結局、間に合わなかったね・・・。でも、いいの、、、、あたし、使い魔を持つ事に決めたから・・・」

ミリィ「この黒猫を? あんたのような、パワータイプの魔女には必要ない、と思うけど・・・?」

ニカ「じゃあ、只のペットでもいい、、、、一ヶ月、ずっと、一緒にいたら、愛着が湧いてきて、何か、離れ難くなっちゃったんだもん」

ミリィ「あんた、凄い、、、、あたしの、いや、パリス先生の想像をも超えてる・・・! 結果として、この・・・」

ニカ「“パル”よ」

ミリィ「この、パルの命を救ったんだからね」

ニカ「何、それ・・・? 大袈裟だなぁ、、、、あたし、あの、不恰好なままのパルでも、全然、愛せるようになってた、と思う。最初は戸惑っちゃたんだけど、、、、ゴメンね、パル~ラブラブ




ニカは、黒猫パルにキスしようとしますが、嫌がったのか、ニカから逃れて、ミリィの方へと跳び移りました。




ニカ「えぇ~ カプリコ

ミリィ「嫌われてんじゃん?」

ニカ「そんな事、無いもん! 照れてんだよ・・・ダウン

ミリィ「道のりは険しそうね・・・。パル、あたしとは仲良くしてね」




パルは返答を向けるかのように、一声、猫らしい鳴き声を上げましたが、それは、前と変り映えしない、地を這うような低音の響く、擦れた声質での『ニャーゴ』でした。




ミリィ「あれ?」

ニカ「あ、、、、鳴き声の方は、未だ、一寸、上手くいかなくて、これから・・・汗  まぁ、その内、人の言葉も話すようになる訳だし、、、、それならそれで、こういうハスキーボイスも渋くて、全然、有りかな、なんて思ってんだけど・・・?」




ミリィの肩の上で、パルは、そっぽを向いてしまいました。