競馬評論家の井崎修五郎が「先生」と呼ばれるのに、大分、以前から、違和感を持っている。

屁理屈で喩えるなら、誤診する確率が90パーセント以上の医者なのに・・・。



女子高生「先生、好きです!」
高校教師「俺は教師、お前は生徒、、、、馬鹿を言うな」
女子高生「そんな理由じゃ、全然、諦められない・・・」
高校教師「俺の立場も考えてくれ、、、、せめて、お前が卒業するまで待ってくれないか?」
女子高生「それじゃあ、“先生”って呼べなくなるじゃないですか?」



「先生」という呼称は、呼ぶ側にとって、何かしらの、好ましい都合が有る故に、恣意的に用いられるものなのでしょうかね?