ブログネタ:七夕の日に何をお願い事する? 参加中



そういや、七夕って、願い事するイベントでしたね、、、、受け流す感じで、何と無く忘れてた・・・。


願い事を短冊に書き、笹に飾る風習は日本だけのものらしく、ここは一つ、日本ならではの願い事を託したいところです(個人的な、歪んだ解釈に過ぎませんので、お気になさらぬよう・・・)。




<北方領土が返って来ますように>




規模が大き過ぎるか・・・。天に願う事柄としても余り相応しくないような・・・?




<出生率が上がりますように>




いえ、別に、下心なんか、、、、だって、どうせ、これに伴う責任能力が乏しいですし・・・(だったら、言うなよ? 僕には、日本の将来を憂う事も許されないと・・・?)。




<サッカー日本代表がW杯南ア大会本戦へ出場できますように>




公益を狙っているつもりだけど、、、、何か、不思議と、私利私欲の趣きが醸し出されますね・・・?




止め、止め、、、、本来、個人の望みを預けるからこそ、霊験も灼に感じられるのでしょう(まぁ、叶えば、の話ですが・・・)。全体の流れに置いてしまうと、信奉もぼやけてきて、今一つ、神威が認め難くなりますから・・・。




じゃあ、個人的な何を願うか、ですが、、、、やっぱり、色恋事ですか? でも、僕の考えだと、一年に一度だけしか会えないような、あの両者に対して、その類の求めは相応しくない感じが・・・。叶うものも叶わない、叶えられるものも叶えてくれない、そんな疑念が湧いてきてしまいます。




モテようとして、天の川を見ながら、告白しようとしている男がいたんですよ~

な~に~! やっちまったなぁ!

男は黙って、、、、ホタルイカ漁!

男は黙って、、、、ホタルイカ漁!

伝わんないよ~




牽牛と織女が、杵の臼で、餅を付くか、否かは別にして、、、、都合の良い頼み事は受け容れて貰えなさそうな、そんな気がするのです。


牽牛と織女の物語は、こういう御伽噺系の、男女の関係が運命に拠って、予め決められているかの如き、教訓めいてはいるが、実際、何の教訓にもならない、お定まりの展開とは一線を画し、出会いは織女からのアプローチで、関係を確立するのは牽牛からの告白、というもの、、、、それぞれ、自らの意思を示しつつ、契りを達成している訳で、他力本願の、安易な期待を向けられても、自分達の苦労に准えて、あしらわれるか、実質、取り合っても貰えないんじゃないかと・・・(結局、不自由も余儀無くされている訳ですから・・・)。


まぁ、牽牛は普通の人間ですけど、織女は天界の者ですし、斯かる状況に於いて、それなりの困難は、或る意味、必然、、、、だからこそ、逆に、“恋愛には、多少の障害は不可欠で、それを乗り越えてこそ、本物だ”的な価値観を持っていて、このジャンルに関しては、厳しく対処する筈・・・、と思うんですよ。


それでも、こういうカップルが聞いてくれるような、恋の願い事が有るとすれば、、、、




<告白する勇気を下さい>




これかな?


でも、女性の場合だったら、もう一捻りを加えた方が可愛らしいかも・・・。




<告白する勇気を彼に与えて下さい>




主人公が自発的に活動するストーリーって、観ていて(読んでいて)、仮令、リアリティーが乏しくても、説得力は、10%程度、増しているような感じ・・・?


【天の川伝説】は、登場人物が能動的で在る分、どんな立場の人でも、心地良く受け容れられそうな筋書きですし(多分・・・)、、、、僕は、嫌いじゃないですね。改めて、そう思えた次第です(自分の中でも、その時々の心境に拠って、変わってくるでしょうが・・・)。