曰く付きの女性だった。日頃、周りを困らせるのが趣味のような、迷惑なタイプで、嫌われるよりも先に、煙たがれていた。




その、彼女の十八番が“自殺騒ぎ”で、定期的に催してくるらしい、、、、先ず、無断欠勤が合図だった。




人が好いのか、同僚達は、何の連絡も無く、職場に現れなくても、一日は様子を見た。二日目の就業時間を過ぎても、猶、姿を見せなければ、『事故か何かに巻き込まれているかも知れない』との名目を以て、初めて、此方から、連絡を取るのだった。





「あたし、死にます」





お決まりの文句だった。





「何も彼も、嫌になって、、、、さようなら、、、、ごめんなさい」





誰かしらが話を聞きに行ってやらなければならない、、、、誰でも良かった・・・。




毎度の事なら、放って置けばいい、、、、そう、周りが考えても、不思議じゃないし、実際、無視したところで、何が起ころうとも、然程、責められはしなかっただろう。しかし、従業員十人以下程度の会社を営む社長は、前向きで、攻撃的な姿勢を貫く事が、何十倍もの利益に繋がる大企業とは違い、零細の中小企業となれば、常も最悪の事態を心得て、対処していかないと、その維持すらも難しい現実を知っているので、適わない事なら、ともかく、『出来るなら遣ろう』の精神のまま、大抵、自らが駆け付けて、説得し、彼女を思い留まらせていた。




こういう騒ぎを理由に、彼女を解雇する事も出来たが、やはり、厄介を外に押し付けるようで、気が引けてか、後々、無責任さが追及されるのを恐れてか、結局、『手元に置いていた方が、監視の目も行き届き、扱いも慣れている為、大事に発展せずに済む』として、取り敢えず、先送りにしていたのだ。




こうも頻繁に、騒動を繰り返す彼女の心理を、周囲では、『構って貰いたいだけだ』、そして、『叱って貰う事で、安心したいのだろう』という分析、若しくは、理解が、粗、定着していた。





「馬鹿な事をするな!」

「皆が、どれだけ心配した事か・・・!」

「二度と、こんな事はしないって、、、、誓って!」





怒鳴られ、責められた後、彼女は泣きじゃくりながら、必死に謝り倒すのだ。しかし、こういう台詞も、もう、かなり、空々しくなってきていた。




社長だけでは物足りないらしい、、、、時々、社長の不在を狙って、これを仕掛けてくるのだ。




僕に、白羽の矢が立った。でも、こういう事が有るかも知れないのは、前から聞かされていた、、、、最後に、「次は、あなたの番だから」との念押しが付け足されつつ・・・。




彼女の住むアパートに到着すると、二階の一区画だけ、昼間なのに、カーテンの締め切られた部屋が見えて、直ぐに判った。勿論、気は進まなかったものの、『早く済ませてしまおう』との考えが先に立って、躊躇無く、階段を駆け上った。




ドアは、態とらしく開いていた。『気が利いている・・・』と思いながら、中に入った。





(しまったな・・・、一言、呼び掛けてからにすべきだったか?)





如何でも好い、、、、相手も、僕を知らない訳じゃないし・・・。殆ど、話した事も無く、職場での、挨拶程度の仲に過ぎないが、此方には、“緊急事態”という名目が有る、、、、大丈夫だ、理不尽に、騒がれたりもしないだろう。




彼女は、カーテンの閉め切られた窓際に、虚ろにへたり込んでいた。僕が近付いていくと、一瞬、身体をびくつかせたが、それ以上、身動くはしなかった。僕は、正面にしゃがみ込んだ。近距離に接するまで、薄暗い中、判らなかったが、彼女は剃刀を手に持ち、一方の手首には、無数の躊躇い傷が生じていて、只管、不安そうに、目を泳がせていた。





(これも、所詮、他人の気を引く為のアイテムに過ぎない訳か・・・)





多少、憤りを覚えたが、直ぐに消沈した、、、、自分を棚に上げて、誰で在ろうと、とやかく、非難は出来ない筈だ。僕は、長い間、働きもせず、ぶらぶらしていた人間だ。この仕事にも、親戚に諭され、無理やりに就かされていたのだ。頃合いを見計らって、辞めてやるつもりだった。将来を憂いて、悩む事すらしない、いや、思い悩む神経さえ持ち合わせていない、堕落するべく堕落した、空虚な、欠陥人間なのだ。この人を見下し、蔑む資格など無い、、、、どんな容だろうと、他人と関わりたがっているだけでも、僕よりは、ずっと、まともな人間だ。




さて、如何したものか・・・? この人は、叱られたいのだが、僕は、それだけの才覚も、資質も持っていない。上の立場から説き伏せないと、効果は期待できず、応急処置にせよ、彼女を落ち着かせる事は適わない。でも、仕方ないだろう、、、、今回は、運が悪かったとして、諦めて貰おう。




とはいえ、放って帰る訳にも行かない、、、、僕は、出来る限り、警戒されないよう、緩と、彼女の頭を撫でるように触れて、此方を向かせた。





「恐かっただろ? もう、大丈夫だ」





彼女は、最初、戸惑ったかのよう、眉を微かに顰めたが、それを直ぐに解けば、泣かずに、泣くのを堪えるかのように、下唇を噛み締めつつ、僕に頬笑み返してきた。








これは、フィクションです。但し、単なる前振りで、最後には、テーマに則した、拙い解説を付ける予定ですが、結構、長くなってしまったので、一旦、小休止・・・。




では、続きをどうぞ・・・。








彼女が求めていたものは、構われる事では無く、悟られる事だったのか、、、、偽物の“優しさ”に絆される程・・・。




僕は、彼女を理解したのでは無い、、、、自己の矛盾を取り繕おうとした結果、偶々、相手の琴線へと触れたのに過ぎない。




しかし、彼女は、此方の真意を確かめもせず、唯、これに縋ろうとしていた、、、、次の言葉を発したのは、殆ど反射的だった、と思う。





「・・・好き・・・」





どのくらいの意味が込められていたものか、、、、少なくとも、彼女は、これに忠実だったようだ。




翌日より、何事も無かったかのように、彼女は、出勤してきていたが、、、、勤めて、未だ、日の浅い僕には判り兼ねたが、周りの評判からすると、「何か変わったな」との印象らしい。幾分、他者への当たりが和らいだみたいだ。それと、彼女が、余りにも、僕に接近する感じなので、『何か有ったんだろう』とか邪推され、多少、嫌な噂も立てられた。





「今日、仕事が終ったら、遊びに行かない?」





彼女は、執拗に、僕に付き纏うのだった。ああいう、切迫した場面では、どんな言葉も勢い任せだろう、、、、僕に、それを信じろ、と言うのか・・・? 馬鹿馬鹿しい。僕は、一切の誘いに応じなかった。





「僕なんかといても、楽しくないよ。乗りが悪くて、場を白けさせるだけだ」





若しくは、食事に誘われて、、、、





「僕は、食べ物の好き嫌いが激しくて、、、、あれがダメだ、これがダメだ、となると、一緒に食事する人を不愉快にさせてしまうんで、止めておくよ。いや、遠慮してる訳じゃなくて、唯、僕が嫌なだけなんだ、気遣われるのが・・・」





こうして、半年が過ぎた頃、職場で、問題が生じた、、、、どんな名目の代物かは聞き忘れてしまったが、会社内に保管していた金銭の一部を、不用意にも紛失してしまったらしい。状況的に、盗まれた公算が強いらしく、案の定、僕が疑われた・・・。証拠など無かったが、職場の誰にも打ち解けない僕ならば、波風を立てずに済む点で、犯人としては打って付けだったし、都合が良かったのだ。




その、全体の空気を読んだ訳では無かったが、、、、僕は、犯行を認めた。働くのが鬱陶しかったし、此方にとっても、実は、都合が良かったのだ。




彼女に関しては、積極的には僕を追求しなかったが、唯、黙っていて、僕とは、目を合わせようとしなかった。彼女の律儀さも、この辺が限界らしい・・・。それも、世の常、、、、当然の事だろう。自分の立場を犠牲にしてまで、他人を守る必然性は無い筈だ。




後日、彼女は、僕の許を訪れた、、、、既に、もう、泣きじゃくっていた。





「ごめんなさい、、、、あたし、信じてあげられなくて・・・」





別に、信じて欲しかった訳じゃないが、、、、これは、追い返すにしても、それなりの対応を示さねばなるまい・・・。





「何で? よくある話じゃん」

「あなたは、悪くない・・・」





どうやら、紛失していた金銭が、僕には近付きようも無い場所から、発見されたらしい、、、、詰り、僕の無実が証明されたのだ。それにしても、何故、彼女が来る?





「だって、、、、お金、盗ったの、あたしだから・・・」





成程、、、、社長達は、事実を握り潰そうとしたのに違いない。何だ彼だ言って、彼女は、幾ら、騒動を起そうとも、結局、皆には好かれていたから、恐らく、庇って貰えたのだろう。そんな、精神的に弱い彼女の、心の安定と、いけ好かない僕の、社会的名誉とでは、僕が社会に適応していない状況で在る以上、必要性を考えれば、何方を優先すべきかは、分かり切った事だ。しかし・・・?





「盗ったのが君なら、何故、“信じられなかった”事を詫びる? 自分が犯人だったのなら、僕を信じるも、信じないも無い筈だ」





明らかな動揺、、、、僕を助ける為に、後付けの工作を施したのか・・・。でも、それは、助けた事にはならない。しかも、結果、失敗に終ったらしいし、、、、その、失望の感情を力に変えて、謝りに来たのか・・・。だから、言葉にしろ、行動にしろ、勢い任せでは受け付けない、、、、筈だった。





「拒絶される可能性が有りながら、気持を他人に伝えるのは、それ程、簡単じゃない、、、、今、解った・・・」





僕は引き寄せるように、彼女の身体を抱き締めた、、、、が、彼女は、緩と、両腕を前に伸ばし、僕の身体を押し退けながら、拒絶してきたのだ。僕が戸惑って、相手の目に問い掛けると、彼女も戸惑いの眼差しを返してきて、そのまま、踵を返して、立ち去ってしまった。




僕は、彼女を受け容れてはいけなかった・・・?




それ以来、彼女が僕の前に現れる事は無く、、、、全ては終わったんだ、そう、悟ったのは、一年後、彼女が亡くなったのを、人伝に聞かされた時だ。・・・自殺だった。







自分でも予想外に重くなってしまいましたが、、、、改めて断っておくと、これは、フィクションです(しかも、単なる前振り・・・)。





「恋愛で、片思いしている時が、一番、楽しい!」





この言葉を信じるのなら、両思いになった時点から、男女の関係性は下降線を辿って行ってしまう訳です。下手すれば、先の前振りの如く、終焉を迎える、との場合も、実際、起り得るようです(一部の考え方としてね)。




特別、何が言いたい、という訳でも無いのですが、、、、女性に限定した場合、追い掛ける恋愛は、娯楽に過ぎないのかも知れません(男性被害者としての、一方的な言い分になりますが・・・)。





「お前ら男どもは、恋愛自体が娯楽に過ぎないんだろうが!」





ご指摘の程、痛み入ります、、、、ご尤もですね・・・(失礼しました・・・)。








最後まで、辛抱強くご一読下さいまして、有難う御座います。本当にご苦労様でした。又のお越しをお待ちしております。         

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