九太郎くんは、末っ子です。お察しの通り、九太郎くんの上には、八人のお兄さんがいます。その他にも、四人のお姉さんがいますから、九太郎くんの家は、所謂、大家族なのです。
九太郎くん「お父さん、お父さん、僕ね、ホームランを打ったんだよ!」
九太郎くんは、お父さんの事が大好きです。
九太郎・父「そうか、凄いな。でも、小学生の中で、お前の体格なら、至極、当然だな。力任せってのは、先細りするだけだし、感動を生まないからな、、、、奢らず、精進しないと・・・。ま、お前の頭じゃ、それを要求するのは酷か・・・?」
九太郎くん「・・・うん、僕、頑張るよ・・・」
どの家でも、末っ子は甘やかされて育つ、と言われますが、十四人もの子供を抱え込む家庭では、その法則は当て填まらず、九太郎くんは厳しく、、、、と言うより、基本、放ったかされて、育ちました、、、、と言うより、印刷されるが如く、無機質に大きくなったようでした。でも、寂しくはありません。大勢の、兄や姉、誰かしらが、どんな時でも、彼を構ってくれていたからです。有り余る程の愛情には恵まれていましたから、その表現方法も含め、場合に拠っては、煩わしいくらいのものでした。
九太郎・父「お兄ちゃんを見習うんだな。大我(たいが)は、運動も、勉強も、どっちも一番だったからな」
ですが、九太郎くんも、思わない訳ではありません、、、、お父さんの存在が遠くて、一種、憧れの対象でしたから、恋焦がれつつ、より近付いて、『もっと愛されたい』と・・・。
九太郎くん「大我兄ちゃんが小学生の頃より、僕の方が速いんだよ」
九太郎・父「何が、だ?」
九太郎くん「んーと、んーと、、、、これ、これだよ」
九太郎の父「駆けっこか、、、、頭、使わないからな」
ただ、九太郎くんのお父さんは、子育てが母親任せの姿勢なのに加えて、もう、子供の成長を見守る醍醐味には、正直なところ、厭きが来てしまっていて(子作り自体は、相当の期間、好きでいたみたいでしたが)、九太郎くんの頃になると、実際、何の思い入れも抱けなかったのです。実際、表面的なスキンシップに留まり、通り一遍の愛情を注ぐ、、、、いえ、見せるのみで、これと言って、大きな期待も寄せていませんでした。
大我「父さん、九太郎の良いところは素直さなんだよ。小賢しい、変な知恵を身に付けてしまったら、らしさが失われる、、、、自分を高める名目で、他人を陥れる智略より、自己を訴える願望で、相手に阿る熱意の方が、断然、価値があるんだよ」
九太郎・父「しかし、、、、」
大我「僕は、与えられた課題を、唯、熟すだけの凡人だよ。でも、九太郎は、無限の可能性を有した、天賦の悪童なんだよ。愛されなければ、無邪気に嫉むようになってしまう、、、、その必要が無いんだって事を、常に示してあげないと・・・。僕みたいなのは、それこそ、放っておかれても大丈夫なんだ」
九太郎・父「いや、まあ、そうかな・・・。うん、、、、九太郎の事は、全面的に、お前に任せるわ。さて、風呂でも入ってくるかな・・・」
九太郎くんのお父さんは長男を溺愛していますから、期待に違わず、立派に成長し、社会的信用を得たからには、主張の内容に拘らず、何時の頃からか、逆らえないようになっていました。精々、出来るのは、お茶を濁して、場を立ち去る事ぐらいです。
大我「九太郎、、、、もうすぐ誕生日だよな? 何が欲しい?」
大我は、高校時代、ラクビー部のキャプテンを務め、全国大会にも出場して、大学には、スポーツ推薦で入りましたが、勉学にも励み、四年間、ずっと首席のまま、卒業しました。その後、当時、名称変更したばかりの財務省に勤務するも、五年後に退省し、何らのコネも無いまま、衆議院選挙に立候補しますが、落選、、、、現在、父親の仕事を手伝いながら、次の選挙に向けて、鋭意準備中です。
大我「九太郎、、、、もうすぐ誕生日だよな? 何が欲しい?」
大我は、再度、聞き直しました。
大我「九太郎、、、、もうすぐ誕生日だよな? 何が欲しい?」
大我は、再々度、聞き直しました。
大我「九太郎、、、、もうすぐ誕生日だよな? 何が欲しい?」
大我は、再々々度、聞き直しました。
大我「九太郎、、、、もうすぐ誕生日だよな?」
大我は、少し短縮して、聞き直しました。
大我「違ったっけか?」
大我は、更に短縮して、聞き直しました。
大我「九太郎?」
大我は、最早、自分の存在を賭けて、聞き直す、、、、と言うより、呼び掛けました。
九太郎くん「・・・煩いな」
九太郎くん、大我お兄ちゃんの事が大嫌いです。
大我「そんな言い方、するなよ」
九太郎くん「別に、何も欲しくない・・・」
大我「教えてくれれば、それと無く、父さんに伝えておくけど・・・?」
九太郎くん「余計な事は止めてくれよ。言うなら、自分から言うし・・・」
九太郎くんは、お父さんの寵愛を一身に引き受けている大我の事が、憎くて、憎くて、仕方が無いのです。
大我「そうか、、、、ごめんな・・・」
大我が立ち去ろうとした際、九太郎くんは向けていた背を翻し、呼び止めます。
九太郎くん「兄ちゃん・・・」
大我「うん?」
九太郎くん「お父さんが脱税をしていたとしたら、如何する?」
大我「・・・何で、そんな事を・・・?」
九太郎くん「屹度、裏切って、告発するよね?」
九太郎くんは、頭が悪い訳では有りません。大我にも負けない程の知能を持っています。でも、父親から期待さ
れていない分、勉強を頑張ろうとは思えないのです。そして、大我が、内心、父親の事を軽蔑している旨、見抜いています。
二人は、兄弟の中で、最も似ている、、、、(父親以外の)家族の中での、そういう評判です。
九太郎くんは、お父さんの事が大好きです。
ひょっとしたら、大我のように、お父さんを忌み嫌いたくないので、余計な知識を身に付けたがらないのかも知れません。
九太郎くんは、大我お兄ちゃんの事が大嫌いです。