昨日、雨が降っても無いのに(雲ってはいたが)、黄色い傘を開いて、はしゃいでいる小学生を見掛けた。

遠い昔の話、、、、、同じように、傘を使うのが楽しく感じられて、雨の日にわくわくしていた、本の短い期間だった筈だが、その子供時代を思い出した。

多分、昨日の小学生も一年生だろう。学校の帰り、雨が降った場合に備えて、親から傘を持たされた、、、、今は喜んでいても、直に飽きるに違いない。

自分にとっては、記憶の遥か彼方の事象で、今回の件が無ければ、思い出しもしなかった筈の、不鮮明な感覚に過ぎないので、専門的な知識も持ってないし、小学生の、具体的な心理については、到底、分析し切れないけど、恐らく、(操作する)RPGゲーム内の主人公が新しいアイテムを手に入れた時のような、“成長の証し”みたいな、或る種の達成感なんだ、と思う。

中学生ぐらいなら、携帯電話を所有した時(今時は、小学生で、大半が持ってる?)、成人したぐらいには、自分だけの車を持った時、結婚するようになれば、持ち家に住めるようになった時、、、、何か、レベルが上がったかのような、象徴的なアイテムが存在して、それぞれを手に入れたならば、自分が認められた感じになるのだろう。

敢えて、例には挙げなかったけど、異性と付き合うようになるのも、その一つ、、、、それが結婚ともなれば、又、別の領域に達する・・・。で、思ったんだけど、男にとっての女、女にとっての男を、“アイテム”として考えても、屹度、互いのエゴが打つかり合って、成立しない筈だ(一つ屋根の下に暮らすとすれば、それは、もっと顕著になるだろう)。良い言葉を択べば、“パートナー”として、初めて成立する。

無論、生まれてくる子供を“アイテム”として考えるのも、おかしい。そうなりがちだとは思うけど、将来、形成されるだろう人格を想定しつつ、子供に接し、又、扱うべき・・・。

ただ、現実には、「結婚はしたくないけど、子供は欲しい」と宣う女性が増えている、とも聞く。一方で、結婚したいが出来ない男性がダブついて、飽和状態に在るのは周知の事実だ。生身の男抜きで、子供を作る方法については、ここでは置いといて、、、、情況を洞察すると、つまり、女性は自分のパートナーとして、“夫”では無く、“自分の産んだ子供”を想定している、という事になるではないか。

男の生き残る道は、女性の“アイテム”として役立つこと、、、、これに甘んじるしかない。下手に、“パートナー”を気取れば、直ぐに捨てられてしまう・・・、相手にして貰えるだけでも、へらへら、感謝すべき、、、、少なくとも、そういう情勢なのだ。




ぶるるっ、、、、ここ数日、冷え込むなあ・・・。今日は、一日、晴れると好いな・・・。