痒いのに、その場所が、定かじゃない。

痛いのに、それが何処か、判らない。

好きなのに、特定できない理由、、、、嫌いな理由は、腐る程、出てくるのに・・・。

<好き>は、多分、擬かしく、辛く、焦れったく、苦しいものなのだろう。

<嫌い>は、実のところ、心地良いものなのに違いない。でも、それは、終わりを示している。窮めて、人が望んでいない事だ。

好く事とは、錯覚の賜物だ。そして、生きる事とは、、、、え? 気持良い場所なら判ってる? まあ、うん、そういう事だね。ん? でも、嫌いじゃないと・・・? いや、それは、全然、矛盾しないし、、、、あんなに、激しく動いて、汗を掻いて、息を弾ませて、苦しそうに身悶えして、そして、疲れ果てる訳じゃん。あれは、本来、痛いものなんだよ。そう、だからこそ、錯覚、、、、理解してくれた? じゃあ、良かった。・・・えっと、生きる事とは、、、、ややこしくも、楽しいって事だね。

・・・以上。