髪の毛の一本も生えていない老人が遣って来て、断りも無く、理容椅子に座り込んだ。


 禿翁「適当に短くしてくれ」


床屋の主人は、一瞬、ふざけているのかとも思ったのだが、そういう感じでも無かった。

これは、痴呆を患っていらっしゃるのだろう、そう、直ぐに切り替えて、柔軟に受け容れる事にした。


 床屋の主人「畏まりました」


すると、禿翁は安心したかのように、眠りについてしまう。

床屋の主人は嘆息を吐きつつも、好い頃合いに起して差し上げよう、との配慮に至った。



40分後、、、、床屋の主人は、禿翁の肩を優しく揺すって、小さく呼び掛ける。


 床屋の主人「御客様、終りました」


禿翁は目を覚ますと、猶も眠たそうに、瞼を擦り、欠伸をしながら、正面に在る鏡を見遣った。


 禿翁「・・・何だ、これは、、、、全然、手が付けられてないじゃないのか? おい、こんなんで、金を取るつもりか?」


床屋の主人は、こうなる事も予想できていたのか、落ち着き払って、対応する。


 床屋の主人「すみません。確かに、御髪には手を付けられませんでしたので、、、、料金の方は結構で御座います」


禿翁は眉を顰めて、言い返した。


 禿翁「当たり前だ、こんな禿髪に、床屋が手を付けられるか。私は、この、ふさふさの眉毛と、ぼうぼうの耳毛を処理してくれ、と頼んだんだ!」