一般的に“エアパッキン”と呼ばれる気泡緩衝材。最近、おもちゃ用の物が発売されて、結構、人気らしい。

まあ、おもちゃの方は抜きにして、荷物のクッションとかに用いられる方、、、、あれ、手にすると、初めの内は、プチプチ、楽しいけど、最後まで遣り切った記憶が余り無い。雑巾を絞るように、一気に遣り尽すのは反則なので(これは、言い切ります)、結構、根気の要る作業だったんだと、改めて、認識させられている(今、手元にあるので)。
皆、「止められないんだよな」とか言って、始めたのにも拘らず、途中で投げ出したりしてない? 人によっては遣り切って、達成感を得るのが醍醐味なのかもしれないけど、少なくとも自分は、“飽きる”というより、“疲れる”、いや、、、、“廃れる”感じなので・・・。

考えると、消しゴムや鉛筆、シャープペンシルの替芯、使い切った事が無かったように思う。まだ使えるのに、だ。歯磨き粉のチューブのお尻を鋏で切って、最後の最後まで搾り出すのも無いし、そうそう、固形石鹸なんか、良い例だ。その癖、ボディシャンプーやコンディショナーとかの、詰め替え用の物は、水に薄めてでも、一滴残らず使い切るんだな。そういや、ペープマットの替え容器、、、、中身を最後の最後まで使い切っても、捨てないでおいてあるけど、何か関係してる?

適当な結論を述べると、完全に使えなくなった状態で処分するのは、気が引ける、、、、死体を廃棄するみたいで・・・。自己弁護じみた、大仰な言い方ですけどね。
要は、自分の中で、新鮮な感覚を持続できない、、、、結局、“飽きっぽい”って事なんだけども・・・。


 「今回のプロジェクト、お前に一任しようと思うんだが、、、、やれるか?」
 「いやあ、他の人の方が完璧に熟せると思いますけど・・・?」


これ、、、謙虚なのでは無くて、唯、責任を回避したがってるだけだから・・・。つまり、“飽きる”よりも前に投げ出しちゃってる訳ですよ。即ち、“廃れる”事を自覚しているが故の、一種の作法なんです(また、良く言っちゃった?)。

相変わらず、唐突なんですが、、、、<自信>というのは、貴重な財産ですね。
それは、プチプチを遣り遂げるところから、既に蓄積されているのでしょう。