初めてパニック発作を経験してから数年。



僕は発作が起きた日のことなどすっかり忘れて…あせる
大学を卒業してプログラマとしてIT関連会社ビルに就職していました。


プログラマの仕事は想像していた通り(いや、想像以上に汗)、ハードな仕事でした。


プログラマという職種についてご存じない方のために簡単に書きますと…。


皆さんがお使いのパソコンパソコン、そこで動くソフトウェアを作る人のことをプログラマと言います。
もちろんこれだけに関わらず、例えば銀行のATMATMや新幹線新幹線の空席状況など、コンピュータで何かの処理を行うモノは少なからずプログラマという人たちが携わっています。


ちなみに僕は、色んな企業の社内システムの構築に多く携わりました。



さて話を仕事の方に戻しまして…あせる


仕事は朝、8時45分に出社。


…で、定時に仕事が片付くはずもなく汗、たいていは22時まで残業。納品日前のように忙しいときは終電まで残業したり、徹夜勤務したり…ダウン



今思い返すと、
「会社は僕にどうなって欲しかったのかなーはてなマーク
って感じます。


社会人1年生から他社の重役が出席する会議に参加させたり、新技術の講習会があれば参加させたり、展示会があれば出張させたり…。


これ以上書いたらただの愚痴になってしまうので書きませんがあせる


ただ、会議に出席したとしても出張したとしてもプログラマとしてのノルマ(仕事)は減ってくれないワケで…。遅れた分を取り戻そうと徹夜勤務を増やし、休日出勤を増やし…ダウン


各プロジェクトに配属され、プロジェクトの一員として仕事をこなす同期たちと距離を感じるようになり…。
会社に対して漠然な疑問を抱くようになり…。



そんな折、学生時代から付き合っていた彼女と一緒に暮らすことになりましたラブラブ
学生から社会人へ…、お互いの成長を見守り合ってきた彼女でした。



おそらく…。
この頃が、今までの人生で一番幸せな時間だったのかもしれません。


でも幸せの時間は長く続かず…。



もしもどこかに永遠の幸せがあるのならば、すべてを放り出してその身を投じてみたいモンです。