大悪党より小悪党が許せないし憎い。



 理由は自分の中でもハッキリしないけど、経験的にそう思う。



 わかりやすく言うと、ジャイアンが大悪党だとしたら、スネオは小悪党だという印象だ。

※便宜的に例を述べただけで、ジャイアンやスネオが悪党というくくりに実際入っているとは思ってません。映画版ドラえもんの場合、ジャイアンやスネオもいいやつだし(笑)





 だいたい分かりやすい大悪党とはロールプレイングゲームに出てくる魔王のように、表だって悪者としてでてきて、そう認識されやすい。


しかし、たとえばドラクエ4のラスボス「デスピサロ」は物語のスジとしては、勇者が倒すべき大悪党とされているが、実際はデスピサロをああいう悪の化身に変えてしまったのは、ピサロの恋人をいじめ殺した、チョイ役で出てきた「人間たち」だったりする。


 おそらく魔王という立場上、大悪党はデスピサロ、人間たちは小悪党くらいの位置づけで物語を終えている人が多いのではなかろうか。


 僕にしてみれば、本当にむかつく相手は欲望に踊らされた小悪党「人間たち」でありラスボスになるべき存在である。

とはいえ細かく言うと、その「人間たち」もけっきょく魔族によって操られていただけみたいなんですけどねw でもまあ細かいことは置いといて、言いたい主題から外れてしまうので、ここは細かく追及するのはやめておきます。







 ジャイアンとスネオの話に戻るが、ジャイアンはたしかに力も強大であり、発言力もあり、影響力がある。スネオは金持ちではあるが、力や実際の権力ではジャイアンに劣るだろう。しかし、ジャイアンは矢面に立って行動している分、利益も大きいが不利益をも存分に被る。


 ジャイアンのその行動によって起きた損害や責任の多くは、ジャイアン自身が引き受けることが多いのではなかろうか。


 つまりジャイアンは自己責任の覚悟をもとに行動しないといけない存在に思う。
比べてスネオは、カゲで行動することが多いため、自己責任を回避できる立場として有利に思う。実際は小心者のくせに、カゲで現場をかきみだして、おおごとにしてせせら笑っているイメージだ。





 大多数の政治家がスネオみたいなタイプであり、責任回避に長けている人たちなのではないだろうか。こういう政治家連中が一番、大木をじわじわと腐らせてたちが悪いのではないだろうか。


 この二人のどちらかを政治家に選ぶとしたら、僕はジャイアンを選ぶのではないだろうかと思う。歴史上、ごくたまに映画版ジャイアンのような英雄が出現し、活躍するのも事実である。



 英雄とは常に矢面に立つべき存在である。








 よくある学校の中のイジメにしたって、小悪党はわんさかいる。


 イジメの主犯格よりも、実際にイジメには加わってはいないが、イジメを見て見ぬふりをしてカゲでせせら笑っている人間のほうが、ときにはタチが悪い時がある。こういう連中が僕の中でいう小悪党である。


 小悪党とは当事者を回避する才能に長け、自分では痛手を味わおうとしない連中である。
そんなやつらを大悪党と呼ぶのも、しゃくにさわるから、あえて小悪党という位置づけにしたい。中途半端な小物にすぎない、良くも悪くも決して大物にはなれない連中である。


 そしてかなしいかな、こういう小悪党はそこらへんに吐いて捨てるほどいるのが現状だ。
誰の中にも小悪党な要素は潜んでいるものだが、僕も自分の中の小悪党は殺して、プライドをとりたい。小悪党は僕の中で最大限にカッコ悪い。





 とにかくなにが言いたいかというと、僕は大悪党より小悪党のほうが嫌いだ。






 
 

「士は己を知る者の為に死し、女は己を説ぶ者のために容つくる、今、智伯は我を知る」

その意味は「立派な男子であれば、自分の真価をよく知ってくれて、認めてくれた人のためなら死んでもよいと思うものだ。女性は、自分がそばにいると喜んでくれるような人がいれば、その人のためにお化粧をするものだ」です。

理想的な幸せの形の1つだなあ

仕事がシンドイ・・・

気を使うし、疲れる・・・



と帰ってきてぼーっとしながらユーチューブを見てたらこの曲があった。

星降る夜になったら/フジファブリック



曲を聴いてたらなんか、中学生の頃の自分を思い出した。

あの頃は、こんな曲みたいに毎日がワクワクして、漠然とした何が起こるか分からない未来にドキドキしていた。


帰路の向こうにある、沈む夕陽が綺麗で、ただ綺麗でその雰囲気に呑み込まれそうになる。



何かが起こりそうで、何か特別で素敵なことが起こりそうで、でも何も起こらなくて、ただそんな雰囲気に満足してた。


そんな思いってあの頃だからできていたのかな。


今はそんな雰囲気かけらも感じない。


世界のことをあまり詳しく知らなかったほうがよかったのかもしれない。


金や女や人間関係や仕事や残業や義務や権利や酒や年金や保険や健康や税金やローンや性欲やなんやらかんやら


そんなことちーーーーっとも考えなくても、今よりも世界が1000倍楽しかった。


なのに、今は少なくとも金がなかったら、どこにも向かうことができずに何も楽しくない。


一人ぼっちでも、本と音楽と世界があればそれで良かったのに


どうしてこんなんになっちゃったんだろ


ああいう思いを持ったまま大人になるのって不可能なのかな


こんなこと考えてるの俺だけなのかな


何かをたくさん得てきたんだろうけど、その分無くしたものは計り知れないように思うんだよな


なんか全く違う世界をさまよってるようだ


元の世界に戻れるかな


なに毎日に必死になってんだろ、俺


本当にこんな毎日続けることで、満足できる未来があるんだろうか