精神の病について私が解ったこと。 | パニックbeebの絵やらなんやら。

精神の病について私が解ったこと。

冷静な時に書きます。
今の私の精神状態はだいぶ安定しているので。

私はウツ病ではなくソウウツ病なので、
浮き涼みが激しいです。

全ての事に感情が敏感になっていて、
喜びも悲しみも悔しさも、普通の人より(今までの私より)強く感じてしまいます。

ショックや違和感や無理を本能で感じると、体に現れて発作を起こしたりウツ状態に堕ち入ります。
今まで何とも思わなかったような小さな事まで強いショックを受けたりします。

そして精神が引き起こす病は、色んな病気を併発しやすい。
だって精神状態が正常ではないのだから、なんにも不思議な事ではないですよね。

いろんな事に繋がって行きます。

私の場合は最初はパニック障害が始まりでした。

そこからソウウツ病、対人恐怖症、胃潰瘍、と増えていきました。
今思うとそれは自然な流れだと納得できます。

普段、物事を深く考えたりする人は悩みすぎて鬱病になりやすいそうです。

そして私は、というと。
本当にお気楽に生きてきました。

何か辛い事があっても「嫌な事は忘れて、楽しい事だけ考えよう~~~♬」
「みんな、仲良く楽しくね~~~♬」というタイプです。
夢の為の努力なら努力とも思わない。何でもなんとかなるさ!!

そんなプラス思考でのんきな人間でした。
心配をかけるのも嫌だからあまり相談もしない。
嫌な事は深く考えないで、ぼかして見逃すタイプです。


でもそれって、辛い事を飲み込んでいるだけで、消化されている訳ではない。

初めて酷い発作と痙攣で救急車で運ばれた時には何故こうなったのか全く意味が解りませんでした。

医者に「何か悩んでるでしょう? 無理してない??」
と聞かれても何にも浮かばない。

「さぁ~~~~。楽しく生きて充実してますけど。」
本当にそうだったのです。

もし私がもっと自分の事を深く考えるタイプだったら、先にウツ病になっていたでしょう。

考えない性格だから、体が倒れて発作を出す事でサインを出したのです。

辛い事やストレスは確実に自分の中に長い間、少しずつ溜まっていって、
それがついにいっぱいになったから、溢れ出したのだと思います。


人ごみの中で倒れて息苦しく悶えて色んな人にびっくりされ、助けられて救急車で運ばれた時の事が脳に焼き付いています。
1度ならまだしも、それが頻繁におきてくると誰だって嫌になるし怖くなります。

そうやって突然所かまわず発作で倒れる度に、どんどん脳にその光景が焼き付いて行きます。

見ず知らずの人達のびっくりした顔や、困ってる顔や、焦ってる顔をもう見たくない!
みんなの前で息ができずに悶えて苦しむのは嫌だ!
そう思ってしまいます。

しかもその発作は突然やってくるので、自分では防げません。

そうなると怖くなり外に出たくなくなってくる。
そして色々考えるようになる。
だんだん自信がなくなってくる。

それがウツ病を引き起こす。
(私の場合はしぶといので、ソウウツ病でしたが。笑)

いつ発作が出るかわからない怖さ、自分に自信がない、もう色んな人に迷惑をかけたくない!

それが対人恐怖症を引き起こします。

全て自然の流れだと思います。

「しょうがないじゃん倒れて苦しんでたって! あたしパニックなんだも~~~ん♪」
と、簡単に思えるようになる人なんていないと思います。

何がなんだかわからずにそうなってしまったのに、
心をいきなりコントロールするなんてできるわけがない。

自分のペースを掴めたりコントロールできるならとっくに治ってるよね。
脳にやきついたトラウマが勝手に体に反応を起こして発作が起こる。
予期不安が現実となって発作が起こる。
どんどん自信がなくなり、そのうちそんな自分を責め始める。

人と比べて情けなくなる事もありますが、
それよりは、今まで自分が当たり前に出来てた事がどんどん出来なくなって行く事が怖いのです。
どうしても自分を情けなく思ってしまうのです。
それがウツ病です。

その思考を止めたりコントロールできないのが病気です。


この悪夢のような悪循環から抜け出す為に、私はどうにか自分をコントロールできるように訓練を試みました。
自分の精神を成長させれば、きっと明るい光も見えてくる。
そう思いました。

でも無謀な挑戦は、病気を悪化させるだけでした。

2ヶ月間休んでから仕事を復帰しても、また何度も倒れ発作になる。
仕事は止めざるをえませんでした。

何でも『時』が大事なのだと解りました。
まだまだ私には早かったのです。

今は休む時なのです。
色々考えて落ち込む日々、動けない日々、悩む日々。

人生にはそんな時があってもいいと思う。

ぐちゃぐちゃ色んな事を考えてしまう。
でも前向きなぐちゃぐちゃならどんどん深みにハマっても構わないと私は思う。

そこから学ぶ事もあるし、大事な『気づき』がそこにはあるから。
もがく時があってもいいと思う。
そこから成長が始まるのだから。

自分で時期を見極める事と、色んな事に気づく事が大事だと思います。

親や大事な人達に迷惑や心配をかける事に罪悪感を感じていても仕方ありません。
病気なのだから。
心が穏やかになれない事を悔やんでも仕方ありません。
精神が正常ではない病気なのだから。

まずは、自分に起こる事全てを受け入れて、自分を許す事から始まるのだと思います。

人生を諦める為にぐちゃぐちゃ考えるのではありません。
人生を明るいものにする為に、今はぐちゃぐちゃ考えるのです。

私なんて、何故この時代にこの国に、そして何故人間として生まれたのか?
そこには何か意味があるのか?
それともそれを見いだして行くのが人生なのか?
生きる物全てに使命があるのなら、私は何ができるだろう?
そもそもそんな意味などないなら、死ぬまでの間に私はただ生きていればいいのか?

命があるだけでありがたい。
もちろんそうなのでけど。

そのせっかくの命をどう活かしていくか。

そんな事ばかり考えていました。

事実は変えられないし、こんな考えは無意味かもしれない。
でも考えなかったら大事な気づきも得ることはないと思う。


そしてこの障害になるのは私には必然だった。
精神を自立させ、成長させる為になったのだから。

ただ、精神を成長させるのはそんな簡単な事ではない。
病気がジャマをするから、思うようにはいかない。


だから結局『ゆっくりゆっくり』に行き着くんだね。

私が穏やかに過ごせるのはまだまだ先になるだろう。
私はそれも受け入れている。

でも夢や希望は捨てていない。
生きる事を諦めようと思った事もない。

今は、休みながら、もがいて、自分を成長させる時なんだと思っています。

そうしてもう1年半。

色んな事に気づいて来た。

正常な状態でいられないなら家で腐っていればいい。

発作が起こるのは仕方がないのだから、
当たり前な事ができる日とできない日があっていい。
それでいい。
出来る日はその波にのっかって、出来た事を素直に喜べばいい。


表面上は1歩進んで10歩下がっているように思うだろう。

だけどそれは違う。

確実に少しづつ進んでいるんだ。

だから絶対に治る日がくる。

というよりは、自分とうまく付き合っていく事ができるようになる。

私は今そう思っています。



ここまで長い間付き合って読んでくれた人、ありがとうございます。(●´ω`●)ゞ

これはあくまで私の考えです。
私は医者でもなんでもない。

でも同じ事で苦しんでいる人が何かのヒントになってくれればうれしいです。



ゆっくりねぇ~~~~♪

みんなゆっくりでいいんだよ~~~(*^ー^)ノ