早朝、熱を逃がすために半分開けてあるシャッターをくぐって、
「まだ早くて申し訳ないけど、焼けたパンを分けてくれない?」
そういうお客様がほかの土地にもいないわけではありません。
ただ、あきらかに違うのは、その客層です。
野良着姿で、これから畑に向かう、60代の女性が、
「パリジャン2本。」
休日には狩猟に出かける50代の男性が毎週、
「パリジャン1本。」
犬の散歩で店の前を通りかかる70代の男性が毎朝、
「バゲットとフルートを1本ずつ。」
お母さんのお使いで、月曜と木曜に駆けてくる小学生の女の子、
「山食2本。」
パン食文化の歴史を感じさせる、ごく自然な風景にただただ驚くばかりでした。
日本にもこんな場所があったのですよ。
そんな舌の肥えた消費者に支持されて長く商うパン屋さんは、
みんな個性や力をきちんと備えていて、
巡り歩くだけで、とても楽しい時間が過ごせました。
私の店を受け入れてくれた、ここ静岡にも、
そんな食文化が少しずつ根付けばうれしいな。
その礎(いしずえ)になれれば、パン職人として本望だな。
このごろ、そんなことを思うようになりました。
毎日、私のパンを愛してくれるお客様たちは、
30年後、
きっと、
そんな暮らしを楽しめているにちがいないもの。
「胡桃パン、焼きたてでーす!!」
パン衛門
