p51 神戸で仕事をしていたことがあります。


早朝、熱を逃がすために半分開けてあるシャッターをくぐって、

「まだ早くて申し訳ないけど、焼けたパンを分けてくれない?」

そういうお客様がほかの土地にもいないわけではありません。

ただ、あきらかに違うのは、その客層です。


野良着姿で、これから畑に向かう、60代の女性が、

「パリジャン2本。」

休日には狩猟に出かける50代の男性が毎週、

「パリジャン1本。」

犬の散歩で店の前を通りかかる70代の男性が毎朝、

「バゲットとフルートを1本ずつ。」

お母さんのお使いで、月曜と木曜に駆けてくる小学生の女の子、

「山食2本。」


パン食文化の歴史を感じさせる、ごく自然な風景にただただ驚くばかりでした。

日本にもこんな場所があったのですよ。


そんな舌の肥えた消費者に支持されて長く商うパン屋さんは、

みんな個性や力をきちんと備えていて、

巡り歩くだけで、とても楽しい時間が過ごせました。


私の店を受け入れてくれた、ここ静岡にも、

そんな食文化が少しずつ根付けばうれしいな。

その礎(いしずえ)になれれば、パン職人として本望だな。

このごろ、そんなことを思うようになりました。


毎日、私のパンを愛してくれるお客様たちは、

30年後、

きっと、

そんな暮らしを楽しめているにちがいないもの。


「胡桃パン、焼きたてでーす!!」


 パン衛門