早朝、 仕事が一区切りついて、いつものように煙草をいっぷくしようと、工房の裏口のドアから、まだ昨夜の雨の匂いの残る外へ出てきたパン衛門さん。
「チチッ。チチッ。チチッ。」
一段上がったコンクリートのたたきに腰掛けながら、視線の先は側溝沿いのグレーの金網のフェンス。そのフェンスの基礎の陰に小さな子雀を見つけたのです。
人影に驚いて逃げるはずの雀がいっこうに飛び立つ気配がない。
「おまえ、なにやってんの?」
「チチッ。チチッ。チチッ。」
いきなり声をかけられて狼狽する子雀は、おきまりの「ジェンカステップ」で右往左往。
「巣からおっこっちゃったのかぁ?」
「チチッ。チチッ。チチッ。チチッ。」
いくら見まわせど、呼ぶ声を聞きつけてあわてる親らしい雀の姿もありません。
「そんなに怖がんなくても、なんにもしねえったら。それよか、あんまり向こう行ったら側溝に落ちるぞぉ。猫だってこの辺にゃいっぱいいるんだぞぉ。静かにしてろって。」
「ピピピピピ」
仕事の再開を告げるタイマーの音。後ろ髪を引かれつつパン衛門さんは戻っていきました。
「助けてやってもなあ。うちじゃあマチルダが食っちゃいそうだし。野生の雀は人になつかないからエサも食わなくて死んじゃうって聞くし。」
ついついあれこれ考えるから、仕事も手につかない。耳だけふたまわりも大きくなって、天窓からわずかに聞こえる幼気な「エマージェンシーコール」にすっかり釘付けです。
30分ほどして、
「・・・・・。」
「あっ。猫だ。」
慌てて駆け出すパン衛門さん。
子雀の姿がありません。
「あーあ。やられちゃったかあ。」
「チチッ。チチッ。」
「ん?」
側溝の向こう側、となりの庭の植木のてっぺんから2番目。横に突き出た枝にちょこんとつかまって、さっきの子雀が、
「ぷるぷるっ。ふぁさふぁさっ。」
左右の羽を交互にストレッチ中。
実は、この朝巣立ったばかりのヒナ鳥だったようです。
その姿を見つけたパン衛門さん、目も口もポッカリ開いたまま。
「ちょ待てよ。ふざけんなよ、てめえ。飛べんなら飛べるって先言えよぉ、ばーか。ったくぅ、もう。」
へなへなと座り込んでしまったパン衛門さん。ひとつため息をついたあと、たたきにつまずきそうになりながらそそくさと仕事に戻っていきました。
それにしても、今朝のパン衛門さん、なんだかちょっといい人っぽかったですね。
「うっせえ!」
今日の朝のできごとでした。 パン衛門