釣りをいたします。
左の写真は「スズキ」。
うしろのおバカは「ユーキ」(^_^;)(島根のパン屋の跡取り・・・今どこにいるのやら・・・ご存じの方はご一報を)。
とりわけ『夜釣り』が好き。ルアーもかじったことがありますが、どーも性に合わなくてダメ。面白くない。
やはり釣りの基本は「ウキ」と「オモリ」と「ハリ」と「エサ」。
何を狙おうが、そうでなくちゃあいけません。
ほかのものはともかく、この「ウキ」という道具、いざ『夜釣り』で使うとなると、昼間使うものとはちょいと趣が違ってまいります。そりゃあね、たしかに、暗闇で使おうってんですから、そのまんまじゃ具合がわるい。
「おい、おれの「ウキ」知らねえか?」
「そっちじゃあねえな、たぶん。おれのケツに刺さってんのが、おめえの「ハリ」だからよぉ。」
ちょうど燃えカスのマッチ棒ほどの形と大きさをした「リチウム電池」というものが中に収まるように細工された「電気ウキ」という道具があります。ひとことで申しますと、「頭の光るウキ」。
このちいさな光が真っ暗な海面を、波に踊り、風に揺れる。それをただ黙ってじっと眺めている。
それはそれは得も言われぬ風情がございます。
釣りに出かける前の釣り人は、「ロマンチスト」。
釣りをしている釣り人は、「哲学者」。
釣りから帰った釣り人は、「大ボラ吹き」。
古くからの欧羅巴の言い伝えでございます。
釣りに出かけるもう何日も前から、釣行を予定する日の「潮」、「気温」、「水温」、「月の明るさ」、「風」、「波の高さ」をイメージしながら支度を始めます。
「場所」を決め、「ポイント」を定め、「地形」を心に描きながら、
「うーむ。これくらいの速さの潮に乗って、これくらいの明るさの中、たぶんこれくらい濁っているだろう水の中を、こちらの方向から、底からこれくらいの深さのあたりをやってくるであろう、25~65センチのサイズの8匹の群のうちの2匹をモノにするためには、この色で、この細さの釣り糸を使い、ウキの長さはこれ。重さはこれ。形はこれ。それに見合うオモリのサイズはこれ。ハリはこの形状の、この色の、このサイズを何本、エサはこれとこれを、このサイズでこれだけの量を用意して、と。」
仕掛けに必要なモノが決まれば、残りの備品を揃えて荷造りをし、あとの時間は「竿」や「リール」の手入れをしながら、あらゆる状況をシュミレートし、「イメージトレーニング」。
「こんなの釣れちゃったらどうしよっかな。」(^_^)v
水の中に、そっと「仕掛け」を下ろす。
さあ、釣りの始まりでございます。
風と波が引き起こす、ある程度のイレギュラーさを含めた規則正しさで、暗い波間を踊りながら潮に緩やかに流されていく「ウキの灯り」をじっと見つめます。わずかな変化も見逃さぬように。
新鮮なエサに付け替えながら同じルーティンを繰り返すうち、やがて、その時がやってまいります。
一瞬、「ウキの灯り」が止まる。もしくはほんの1/8インチほど下に引き込まれる。
「やっこさんのお出ましでい!」
エサの先をちょっとだけくわえて様子をうかがう魚の仕草を、「ウキの動き」と、竿を握る右手の人差し指の先に伝わる「振動」で感じながら、不自然さを消すために釣り糸の張りを少しゆるめる。心理戦さながらに。
エサをハリごと口にした魚が、泳ぎ去ろうとする方向へすべての仕掛けを引き込んでいく。鮮明な光を放っていたウキが、その力にあらがうように身を震わせながら徐々に沈み始める。
波によって生み出された水の濃淡が、微妙な屈折を創造し、沈みゆく「ウキの灯り」はまるで、プリズム越しに見るイルミネーションのような美しさを呈しながらフェイドアウトしていくのでございます。その様はまさに、
『極上の水中花』
歓喜に震える心がため息をもらす瞬間!
作家の故・開高健が、
「最初の一匹を釣り上げる瞬間のために釣り人は釣りをする。」
と申しましたが、これがそれ。すべてはこれ。
「夜釣り」が到底やめられそうにないのも道理でござんしょ? パン衛門