ぱね便り(旧:V町便り)

ぱね便り(旧:V町便り)

スウェーデン暮らし14年目です。ついに還暦!本当にあっという間だったなあ・・

ぱねの大好きなポーランドの小さな雑貨店「カレイドスコプ」。

 

 

通販サイトはこちら。

 

 

このお店を経営しているOさんが、7月に、お店の前に酔っ払いがやってきて、その人にちょっと攻撃的な様子があったので、警察を呼んだ・・というエピソードを紹介してくれました。こちらのnoteにその顛末が記されています。

 

 

この事件については、Oさんがnoteに先立ちツイートしてくれていたので、ぱねはそちらも読んでいたのですが、

通報からずーーーいぶん時間が経ってからやっとお店にやってきた警察官2人組が、お店に入るやいなや、「わあ、こんなお店があったなんて知りませんでした!」と目を輝かせながらお店の中を見て回り、さらには「どうしてこの町に?ご主人とはどこで知り合ったの?」などとOさんを質問攻めにしたというエピソード。:-D

その光景を思い浮かべて、ぱねはじんわりと心が温かくなったのだが、それと同時に、ああ本当に、時代が変わったんだな・・という思いがこみ上げてきたのであるよ。

というのも、ぱねには「ポーランドの警察官」に、全く違う印象を感じた時があったから。1987年4月末から5月にかけて、初めてポーランドを訪問した時に見かけた警察官の姿は、ぱねにとっては「恐怖を感じる存在」でしかなかったのだ。

あの訪問の時、私とハハを案内してくれたのは休暇中でポーランドに戻っていたポーランド人神父様だった。神父様の案内で、ワルシャワからグダニスクに電車で日帰りで出かけた日。かなりの距離の移動で、私たちはワルシャワを早朝に出発したのだが、ワルシャワに戻ってきたのは夜、かなり遅くになってからだった。もうすっかり暗くなってたから、4月末といえど、おそらく夜9時は過ぎていたんじゃないかな。

中央駅近くのバス停で、私たちは宿泊先だった修道院に戻るためのトラム(か、バス)が来るのを待っていた。神父様は元々、クラクフの修道院の所属で、ワルシャワの修道院には「訪問者」という立場で訪れていただけのはずだった。そういうわけで彼は、ワルシャワに関してはそれほど詳しくはなかったはず。私はその時、真っ暗な中で、本当にトラムが来るのかな・・?と、何となく不安な気持ちを感じていたのだが、もしかしたら神父様もどこかそういう落ち着かない気持ちを感じていたかもしれない。

その時、立っていた私たちのそばを、制服姿の警察官が数人通り過ぎた。「普通の」国なら、「お巡りさんに道を聞く」などは普通にやることだし、「普通の」国なら、「すみません、xx行きのバスは、この停留所でいいんですか?」などとお巡りさんに聞くことはできるだろう。お巡りさんも、市民からのありとあらゆる問いには慣れてるはずだしね。

でも神父様は、その警察官の姿を見ても一切反応しなかった。彼の石のように硬い表情を見て、私は「この国の警察官」が、私が慣れている「日本のお巡りさん」とは別物であることを改めて感じ取ったのだった。「この国の警察官」は、市民の味方ではない。市民を抑圧し監視する「国家」の、権力の「手先」なのだから。道を歩く警察官、道路を走るパトカーを見かけて市民が一番先に感じるのは、おそらく「恐怖」だっただろう・・。

夜のバス停で待っていた私たちのそばを通り過ぎた警察官の、あの制服姿を見た時に感じた何とも言えない「冷たい恐怖感」を、ぱねは今でもよく覚えている。

・・・だけに、「カレイドスコプ」にやってきて嬉しそうにお店を見て周り、「ダンナさんとはどこで知り合ったの?」などと親しげに聞いてきた、というその警察官のエピソードを読んでぱねは、

ああ、本当に、時代は変わったのだ。ポーランドは本当に「別の国」になったんだ

と心の底から感じたのだ・・・(涙)。

今のポーランドで、制服姿の警察官やパトカーを見て、87年にぱねが感じたような「冷たい恐怖感」を感じる人はもういないだろう。あの初めてのポーランド訪問から39年。頭の中が19世紀に戻っているとしか思えないロシアと、着々と「前に進み続けている」ポーランドの、この違いよ・・