お題;ご自愛くだされ

 

 

 

無茶のツケは 忘れた頃に回ってくるものである。
昔、三度体内に毒を入れたウンスの身体は、それでも結婚して四人の丈夫な子を産むことはできたものの、徐々に蝕まれてきているようだ。
特に末子ヨンスの出産後は 腫瘍があることが推定されていたためウンスの卵巣・子宮ごと摘出という形をとったために、かなり回復が遅かったのだが、それが一つのきっかけになってしまったのか、そこから『病弱』とレッテルをはられても仕方がないくらいに寝付くことが増えてしまった。
それでも 子供たちの前では なるべくそのような姿は見せまいと思っていたのだが・・・。


ウンスとチェ・ヨンの間に生まれた四人の子供たちも 次々と家を出て 残るは末子ヨンスだけになった頃には、ウンスは寝付く日のほうが多くなっていた。
それでも、体調の良い日を選んでは コンミン王の息子である大君の妃となった長女ミギョンに会いに行ったり、屋敷を別にかまえる長男ウォンの屋敷を訪れたりと、それなりにごまかしは続けていたのだが、それもそろそろ続けられなくなりそうだ。


「・・・騒がしいわね、何かあったの?」


寝台にはいたが 起き上がれぬほどではなかったウンスが、屋敷の表のほうで何やら騒がしいのを聞きつけて言った。


「どうやら 若様がいらしているようです」
「ウォンが?」
「ヨンス坊ちゃまが『兄上』とおっしゃられているのが聞こえました」
「あら、まぁ」


長男ウォンが『若様』で次男ヨンスが『坊ちゃま』なのは、すでに近衛隊員として役付きとなっただけではなく 結婚し所帯を持っているウォンと、仕官もせずに実家住まいのままのヨンスへの 明らかな差別である。
女中頭を引退しても ウンス付きの女中としてウンスの傍でずっと仕えているクネとしては ヨンスは『いまだ一人前とは言えぬ』ということなのだろう。
それが高麗時代の一般常識であるのはウンスにも分かっているから、ウンスとしても クネに何か言うつもりはない。
・・・ヨンスには 来る時が来たら 天門をくぐって時空を旅するという使命があるのだと 母ウンスは知っているのだが・・・。


「ウォンが来る前に 衣を整えるわ。クネ手伝って頂戴?」
「若様がここまでいらっしゃるでしょうか・・・?」
「まぁあの子は ヨンの言いつけを積極的には破らないでしょうけど、一応ね」
「はい 奥方様」


悪戯坊主だった幼い頃はともかく、長男であるウォンにとってはチェ・ヨンは やはり『怖い父』なのか、ある程度の年齢になってからは 『夫婦の寝室には子だろうと入らない』の掟を絶対厳守である。
チェ・ヨンが留守である現在も ヨンスは(ちゃんと部屋前で母ウンスのお伺いはたてるが)割と平気で入るのだが、ウォンは無理だろうというクネの予想なのだ。
だが、ウォンには最近なかなか会えずにいたのだから さすがにそろそろごまかしきれないと ウンスも思ったのだろう。
外出着まで着飾りはしないものの、ここ最近はずっと 寝間着やゆったりとした部屋着ばかりであったが 高位貴族でもあるチェ家の奥方に相応しい 美しい色合いの衣を纏っていた。


「母上、よろしいでしょうか?」
「『よろしいでしょうか?』って扉を開けながらの台詞ではないわよ? ヨンス」
「・・・すみません。 ですが 兄上がいらしていて・・・」
「ええ、大きな声は聞こえているわ。入って頂戴、二人とも」
「はい 母上」


流石に屋敷に主チェ・ヨンがいる場合は自粛するだろうが、末子ヨンスは 相変わらず母ウンスの言うところの『フリーダム』である。
未だ独り立ちせずに屋敷に留まっているからなのか、末子独特の甘え上手のせいか、父チェ・ヨンのしきたりもあってないようなもので、今回のウンスの発熱も ウンス専属女中のクネと交代で看病したほどに 高麗時代の貴族階級の成人男性にはありえぬことだが 普通に母親の寝室に出入りしているのだ。


「・・・母上・・・」


それに比べて 『嫡男』として父チェ・ヨンに厳しく育てられた長男のウォンは、ヨンスの後を恐る恐る 部屋へと入ってくる。
きちんとした衣を纏っていて起き上がっているとはいえ ウンスは寝台の上である。 ウォンの表情は硬いままだった。


「お久しぶりになっちゃったわね、ウォン。 ちょっと母様発熱しちゃって、最近 皇宮にもウォンの屋敷にも行けていないのよ」
「母上・・・」


カラ元気で明るくウンスが話す一方で ウォンの表情は硬いままだ。 父親似で根が真面目の彼は じっとウンスを見つめて言った。


「・・・いつ頃から 体調を崩されていたのですか? 母上」
「え~? いつだったかしらね? そんなに前でもないはずよ? ねぇヨンス」
「・・・ずっと臥せってらっしゃったのに、俺や姉上には嘘をつかれるのですか?」
「ウォン・・・」
「ヒソンやヨンスは知っていて看病もしているのに、俺や姉上には何故教えてもらえぬのですか? 父上が遠征に行かれていて都にいない現在でも!」
「・・・ヒソンに聞いたのね? もう、あの子ったら」


ウォンとヨンスの間にいる 次女ヒソンは、嫁してはいるが この屋敷の近所に家を構えているため、よく実家に顔を出しているのだ。
チェ・ヨンが任務で都にいない上、ヨンスは出仕していないため 普段は皇宮と自分の屋敷との往復しかしないハズのウォンが ウンスの体調不良を聞きつけたのは何処からだろうと思ってはいたのだが、次女ヒソンの仕業だったらしい。


「母上!」
「いやね、大きな声を出さないでよ。 ・・・仲間外れにしたわけじゃないけど、隠していたことは認めるわ」
「母上・・・」
「ミギョンには隠したかったのよ。 ただでさえ現在大変なのだから」
「それは・・・」
「ウォンに話したら ミギョンに伝わるでしょう?」
「・・・・・」


コンミン王と王妃が相次いで亡くなり、大君が即位してまだ間もない。
『自分は武官で政治には不慣れで留守も多く、後ろ盾として不足』として チェ・ヨンは長女ミギョンを大君に嫁がせる際に 文官の縁者を正妃として娶ることを大君に勧めていた。
産まれたときからの幼なじみのようなものである 大君とミギョンの仲を引き裂くようなもので 当時ウンスは大反対したのだが、今では夫の気持ちも分かる。
『高麗時代の終焉』の歴史を知る自分であるから尚更、この先のミギョンの苦難を予測できるため ただでさえ夫の即位直後の現在 自分の体調不良を知られたくないのである。
近衛隊所属のウォンは ミギョンに近い位置にいすぎて ごまかせるとは思えないから、ウォンごと知らせなかったのだ。


「・・・大丈夫よ、まだ」
「母上・・・?」
「いつまで元気なのか、生きられるのか、なんて 預言者じゃないから 分からないわ。 でも、今はまだ 大丈夫」


『軍神チェ・ヨンの最期』は 現代人であるウンスには 『歴史の一つ』として学校で習ったことを覚えている。 それが 『わが身のこと』となるとは夢にも思わなかったけれど。
夫チェ・ヨンの最期イコール自分の最期だとは思わない。 が、自分は 『夫を殺すことになる人物』であるイ・ソンゲの命の恩人であるから、自分さえ生きていれば 夫を彼に殺させることなどないと思っていた。
第一 チェ・ヨンには内功があるのだ。 逃げようと思えば逃げられるはずである。
だとすれば、『チェ・ヨンの最期』は 彼は 逃げる気がなかったのだ、とウンスは思っていた。
・・・そう、彼の妻である自分がいないこの世に 彼は未練がなかったに違いない、ということに・・・。
チェ・ヨンは かねてから 妻ウンスよりも若干年下であることを気にしていたから、よくウンスは 『私が先に死んだら 貴方は半年以上は長く生きてよね』と冗談交じりに言っている。 彼はきっと実行に移すだろう。
ならば、チェ・ヨンが捕えられた段階では 約束の半年はすぎておらず、その後に生を手放した、という推理が成り立つはず。
だから、まだ大丈夫。 この冬も 次の冬だって・・・。


「・・・まだ そんな時期じゃないもの」
「母上・・・」


そんなウンスの心の内を知っているのか、ウォンは父親そっくりの表情で彼女を見つめていた。
末子ヨンスは影武者も務められるほどに 父親そっくりの顔だちをしているが、長男のウォンもかなり父親似である。


「・・・ご自愛ください、母上。 本当に」
「ええ、わかってるわ。ウォン」
「・・・本当にわかっていますか?」
「あらあら、ますます父様に似てきちゃったわね。今の表情と口調、そっくり!」
「・・・母上・・・」


ウンスは 長男の顔を見て ふ、と困ったように微笑んだ。 今は不在の最愛の夫チェ・ヨンに ますます似てきている息子の顔を。


「父様がお戻りになるまで 元気にならなきゃね!」
「・・・母上のお身体の具合が悪いと知ったら あっという間にお戻りになると思いますよ?」
「あら、不在が短くなるのは歓迎だけど、あの人なかなか小言が長いから 寝込んだのはバレたくないんだけどな・・・」


ウンスはそう言ってため息をつくと、わずかに開いた襖越しに 南の空を見上げる。
最近は 倭寇よりも 領主に重い税をかけられて苦しむ一部の民がならず者化して 民や貴族を襲う事件が増えてきていて、今回のチェ・ヨンもそちらの討伐に向かっている。
分かりやすい外敵ではない 同じ高麗の民である分、彼はまた心を痛めながら 戦っているみ違いない。


「・・・いつ帰ってくるかしらね」
「きっと もうすぐですよ」
「そうね・・・」


心身ともに疲労困憊して戻ってくるであろうチェ・ヨンを 更に心配させるのではなく、癒してあげられるように 早く回復しなくては。
ウンスは 遠い南の空にいるはずの夫を想い、ふぅ、と息を吐いたのだった・・・。







猫しっぽ猫からだ猫からだ猫あたま  熊しっぽ熊からだ熊からだ熊あたま  黒猫しっぽ黒猫からだ黒猫からだ黒猫あたま  ビーグルしっぽビーグルからだビーグルからだビーグルあたま  牛しっぽ牛からだ牛からだ牛あたま


 

 

 

 

 

 

暗い。長い。つまらない・・・。 何度ボツにしようと思ったか・・・。

「ご自愛ください」でこれしか浮かばなかったのです・・・。

 

Pandoria家独自設定満載ですが 通じるよね・・・?

 

ウンスとチェ・ヨンの間の子供  長女ミギョン(コンミン王息子の第二夫人)・長男ウォン(近衛隊)・次女ヒソン(チェ・ヨン友人アン・ジェの息子に嫁ぐ)・次男ヨンス(両親死後時の旅人→最終的にはウンス両親の養子) という設定です。