お題;寒い 家族

 

 


「さ・・・む・・・い・・・・・」


ウンスは 屋敷の奥にある夫婦の寝室で一人 寒さに震えていた。


開京の都中に大流行した 流行風邪であったが、ウンスの身の回りは ウンスの推奨する『手洗い・うがい』を徹底して実践しているため 被害はほとんどなかったのだが、やはり毎日大勢の診察をしている医者であるウンスは どんなに対策しても完全には避けられなかったようだ。
運が悪いことに また 夫のチェ・ヨンは 都を離れているため、隔離はする必要がないが 広い部屋で一人布団にくるまって震えているのだ。


「ははうえ・・・? だいじょうぶ・・・?」
「ミギョン? かあさまの病は移っちゃうから 部屋にきては駄目よ?」
「・・・はい、がまんします・・・」


チェ・ヨンとウンスの間の第一子であるミギョンは まだ甘えたい盛りではあるものの、賢くていい子だ。
『お姉さんだから 弟と妹の面倒もみてね』と言いかけて ウンスは『まだ幼い子に 自分は何を言うのだ?』と すんでのところで我に返ってやめた。


ウンス自身は一人っ子だから きょうだいができるのは望ましいけれど、どう育てていいか わからない。


第一子ミギョンを出産して わりとすぐに第二子の妊娠が分かったとき、ウンスは夫チェ・ヨンに そう言った。


『俺も一人子故 分からぬ。 そのうえ、父の記憶はあるが 母の記憶もないがな』


そういうチェ・ヨンだから 家族をたくさん作ってあげたかった。
二人とも 分からなくても、助けてくれる周りの人間はたくさんいて、二人は安心して 今では三人の子育てをしている。


「かあさま すぐによくなるから、待っててね ミギョン」
「はい ははうえ」


まだまだ子育ては経験値が足りないが、ウンスはそれでも体調が悪いけれど精いっぱいの微笑を浮かべて 愛娘に言った。
父親不在の屋敷で せめて母親としてそばにいてあげたくても 風邪をうつすわけにはいかないのだ。


幸い 聞き分けのいいミギョンは 乳母と女中に連れられて 子供部屋へと戻って行った。
あとは ウンスが一刻でも早く 風邪を完治させるべきであろう。


『風邪を早く治す方法? そんなの 男にでも温めてもらえばいいのよ』


まだ医者になって間もない頃 先輩に言われた言葉を ウンスはふと思い出した。
国家試験通りたての新米では 所属している大学からもらえる給料なんてほんのわずかであるのに、奨学金の返済などはすぐに始まるため 医者と言っても貧乏である。
夜勤をすれば 少しだけ手当がつくので それを数をこなしたり、少し経験をつめば 外部の医療機関へ当直のバイトに行けたりするようになるので 余裕が出てくるのだが。

あの頃は 激務なのに 流行のバッグや化粧や服をこまめにチェックして手に入れている先輩たちが 羨ましいと思っていて、彼女自身も 靴やバッグをローンを組んででも手に入れたりしたものだ。
・・・今となっては 全く興味が持てないけれど。


ただ一つ あの頃には手に入れられなかった 『愛する家族』を今は手にしている。
流行の靴もバッグもないけれど 今はそれだけで幸せだと思える。


・・・今この瞬間に 残念ながら 愛する夫は傍にいてくれないのだけれど。


「・・・さむい・・・」


身体が寒いのか 心が寒いのか。


未だ高い熱にうなされたウンスを抱きしめるものは 自らの腕だけだった。





「~~~~~~~~!!」



それから どれくらいの時間が経過しただろうか? うつらうつらとではあるが、ウンスは眠っていたようだった。

そんなウンスの眠りを妨げるかのような 複数の人間の声が 庭のほうから聞こえてくる。


チェ家の家は 増築や減築を幾度も繰り返したせいで かなり変わったつくりである。


チェ・ヨンの父ウォンジクが行ったのは 病弱な妻が外からの騒音に煩わされずに庭を眺められるように 奥庭を造ったことであった。
奥庭自体 門から通じておらず 本当に家族しかしらないようなものであり 入り込むものは限られているはず。

少しだけでも眠ったことで楽になったウンスは 毛布を身体に巻き付けながら そっと襖を開けた。


「・・・え? チュホン?」
「ぶるっ、ぶるるるるる!!!」
「お、奥方さま! お休み中のところ申し訳ございませんっ! ほら チュホン! 大人しく馬屋に戻りなさい!」
「ぶるるるる! ぶるるるる!!」


ウンスの瞳に映ったのは 愛馬チュホンが 馬番や使用人たちから逃げてこちらへと来ようとしている様子であった。


「・・・チュホン? どうしたの?」


チェ・ヨンの愛馬だったチュホンではあるが、年齢を重ねて これ以上重い鎧をまとったチェ・ヨンを乗せて戦場を駆けさせるのは可哀想だということになり 遠出の任務時に留守番になるようになってから しばらく経つ。
元々 ウンスとは かつて彼女が馬に初めて乗ったのがチュホンだということもあり 何となく心が通じるほどに仲が良いのだ。


「ぶるるるる! ぶるるるる!!」
「・・・ヨンがいなくて寂しがっている私を 慰めに来てくれたの? チュホン」
「ぶるるるる! ぶるるるる!」
「・・・う~ん、いくらチュホンでも 寝所に入れてあげるわけにはいかないわね~。 あ、そうだ! 庭に面した客間あったわよね? あそこに藁を敷いてくれないかしら?」
「え? 奥方様!??」
「お願いね」


後半はチュホンではなく、使用人に言った言葉である。
使用人たちも 奥方であるウンスとチュホンには不思議な絆があるのは知っていたのだが、風邪で寝込んでいるはずのウンスに突飛な命令をされ 困っている。


「奥方様 チュホンを客間に上げてどうなさるのですか?」
「ふふふ。 チュホンは体温が高くて温かいの。 私が風邪をひいて寒がっているのを知って 温めてくれようとしてるのよ」
「・・・ですが」
「さすがに寝所に入れたら チュホンでも怒るわよねぇ、あの人。 だから空いてる部屋がいいな~って」
「・・・わかりました」


内心女中も呆れていたのだろうが ウンスの命に従って あまり大きくはないが(チュホンが現在いる)裏庭から直接行ける客間に藁を敷き チュホンを屋敷内に入れたのだった。


「ふふふ。あったか~~い」
「ぶるるるるる!」
「ありがとうね チュホン! とってもあったかい」


馬の体温は平静時でも37~38度であり 人間よりも高い。
熱が高い状態のウンスでも チュホンにペタッと寄り添うだけで その温かさに ほうっと息を吐いた。


『温かい・・・』


愛する夫ではないが、チュホンもまた大事な家族の一員である。
身体も心も温められて ウンスは微睡に落ちていった・・・。







 
「・・・なるほどな」


それから数刻後 ようやく屋敷に戻ったチェ・ヨンの瞳に映ったのは 部屋に藁を敷いて寝そべっているチュホンに、寄り添って眠っている愛妻ウンスの姿である。
使用人から報告を受け その場を目にして やや呆れて愛馬を見ている。


「ぶるるるる」


ウンスを決して起こさぬよう 控えめな声で意思表示するチュホンではあるが、残念ながらかつての相棒とはいえ チェ・ヨンでさえもチュホンの言っている意味は分からない。

が、何となく感じるものは ある。


「・・・ウンスは我が妻だぞ?」
「ぶるるるる」
「留守を守ってくれたことは感謝するが 返してもらう」
「ぶるるるる!」


・・・家族同然の愛馬でさえも ウンスは譲れないほどに、チェ・ヨンの心は狭いらしかった・・・。



 

 

 

 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫あたま 熊しっぽ熊からだ熊からだ熊あたま 黒猫しっぽ黒猫からだ黒猫からだ黒猫あたま ビーグルしっぽビーグルからだビーグルからだビーグルあたま 牛しっぽ牛からだ牛からだ牛あたま

 

 

 

 

お題『寒い』を見た瞬間 馬の体温を検索したのです(笑)