高麗の都、開京の皇宮のそばにあるチェ家の屋敷は今日もキャーキャーと賑やかである。
ある意味普段通りの出来事ではあるのだが、普段通りではないとすれば それが屋敷の奥方であるウンスを中心としたものではないということだろう。


「全く。今の若い娘たちときたら・・・。何をしにお屋敷にあがっていると思ってるのかしら!」


まだ屋敷に奉公にあがってそれほど経過していない若い娘たちのことを 奥方ウンスのそばで苦々しげに呟いているのは、女中頭のクネである。
ウンスがこの屋敷に嫁いで来る前から 主不在のチェ家屋敷を守り続けてきた彼女は 本当ならばすでに隠居してもおかしくはない年齢だが、奥方様命であるため 親族のいる本願の地には戻らず 屋敷にとどまり続けているのである。


「まぁまぁ。若い娘たちだもの。おしゃべりくらいいいわよ。仕事はちゃんとしているようだもの」
「ですが、奥方様っ」
「もちろんクネのようにはいかないけど、あの子たちなかなか優秀よ?」
「それはまぁ・・・、ちゃんと仕込みましたから・・・」


真面目なクネとしては 仕事はちゃんとしているようだとはいえ、おしゃべりに興じている娘たちが気に入らないのだろう。
ウンスは 高麗に嫁いで長いとはいえ未だ考え方は現代的らしく、『休憩時間は必要よ』と笑っているのだが。


「それにしても盛り上がっているわね~。何かあったのかしら?」


結局ウンスも好奇心を抑えられなくなったらしく、娘たちに声をかけたのだった。


「え? ナヨン 結婚するの?」
「え? いえ、奥方さまっ 結婚なんて まだっ」


ウンスが何気なく言った感想に ナヨンは顔を真っ赤にして否定し、他の娘たちもブンブンと大きく頷いた。


「奥方様。 平民の婚姻は 領主さまにご許可をいただくことになりますので そう簡単ではございません」
「え? そうなの? 領主さまって ・・・まぁ旦那様は今 遠征中だものね」


ウンスの夫であり 鉄原の領主でもあるチェ・ヨンは 現在国の南の海岸線に現れた倭寇を討伐するために 遠征中である。 戦は命のやり取りではあるのだが、歴史を知るウンスは そんな小さな戦いでチェ・ヨンがどうこうなるわけがないことを知っているので 割と暢気ではあるのだが。


「まぁそれもそうですが、相手は鉄原の者ではありませんから」
「あら そうなの? こっちに来てから知り合ったの?」
「ええ、まぁ。 長屋の近所の者で・・・」


ナヨンが躊躇いがちにそう言うのを 単に恥ずかしがってからだと思っていたウンスなのだったが、そうではなかったらしい。


「そう! ナヨンが男と住むのは勝手だけど、あの長屋からは出てってよ?!」
「どうしてダメなのよっ! このお屋敷を辞めるわけじゃないわ!」
「え?」


娘たちが盛り上がっているように思えたのだが、それはいわゆる恋バナではなかったらしい。


「奥方さまっ! あの長屋に住みつづけていけないのですか?! ジュノは友達の家に間借りしている身なので 私のところに来たいって言ってるんです!」
「・・・お相手はジュノさんって言うの?」
「はい!」
「そう・・・。でも あの長屋は 鉄原から奉公に来てくれた独身の娘さんたち用に用意したものなの。男のひとと住むのなら 出て行ってもらうことになるわ」
「ですがっ」
「ナヨン! 奥方さまもこう仰っているでしょう! 早くあの男と出て行って!」
「え? もうその男が入り込んでいるの!?」
「そうなんですよ 奥方さまっ! 一応つながっていないとはいえ 同じ長屋に男の人が突然入り込んで!」
「・・・それはいけないわ、ナヨン」
「・・・そんなぁ・・・」


本願から女中として奉公にやってくる娘たちを、初めのうちは チェ家の空いている部屋に住まわせていたのだが、何人かは主であるチェ・ヨンに色目を使う娘もいたこともあって、何よりウンスとの時間を大切にしているチェ・ヨンの意向で 屋敷から少し離れたところに(チェ家の屋敷はいわゆる重臣の住む貴族街にあるからである)長屋を借りて娘たちを住まわせ通わせることにしたのだった。
一応 スリバンの者たちが住まう近所であり 娘たちをそれとなく気にかけてくれるように頼んではいたのだが、世話や監視めいたことまではしていないツケが こんなところに現れるとは思いもよらなかったのである。


「・・・そのジュノさんって 何をしている人なの?ナヨン」
「前は 貴族のお屋敷で用心棒を」
「・・・今は?」
「なかなか次の場所が決まらないんです」
「・・・それで 友達のところに住んでいるのね? その友達っていう人は?」
「・・・会ったことはないです」
「・・・そう・・・」


聞けば聞くほど ナヨンの彼であるジュノが怪しい存在にしか聞こえないが、会ったことがないのにそれだけで判断してはいけない、とウンスは何とか自らを封じ込む。
以前ならばキッパリはっきり口に出していただろうが、屋敷の奥方になって久しく 彼女の言うことはこの屋敷では絶対であることが多いため うかつに何でも口に出してはいけない、と彼女も学んだらしい。


「あ、ウンス! ちょっと話したいことが・・・っ」


そんな気まずい沈黙のなか 突然に 門でもない方向から現れたのは、スリバンの白い人ことハクであった。


「・・・って、ちょうどよかったのか 遅かったのかってトコね」
「・・・どうしたの?」
「・・・そこのナヨンって娘のことで 奥方であるウンスに報告をね。 そのこと話してたんでしょ?」
「あ~、まぁね」


聞けば スリバンでも 最近長屋に男が入り浸っていることを掴んで 奥方であるウンスに報告にきたらしい。
ジュノという男を調べると 前の奉公先をクビになってから 女や友達の家を転々とするだけでなく 賭場にも出入りしているらしい。


「職も住処もないのに 賭け事?」
「女に貢がせたり 友達から借りたりってとこかしらね?」
「・・・う~~~ん・・・」


やはり 聞けば聞くほどに ジュノという男は碌でもなさそうだ。
だが ナヨンは意地になっているのか 『絶対に別れない!』と主張している。
(そして 長屋からも出ないで 二人で住もうとしている。長屋がチェ家のものだということは承知しているため 奉公を辞める気はないらしい)


「・・・そのジュノって男に 会える?」
「え? ウンス、アンタが!?」
「うん。だって 会ってみなければわかんないわ」
「・・・アタシはおススメしないわ。ゴロツキ一歩手前の男よ? アンタに何かあったら旦那に殺されるわ」
「そう言うんなら ハクがついていてくれればいいじゃない。場所も マンボ姐さんの店で」
「う~~ん、まぁ それなら」
「ナヨンもそれでいいかしら?」
「あ、はい」


というわけで ウンスによるジュノの面接、ということになったのだが・・・。


「あなたはナヨンに対して何ができるの?」


働く先がない、働く気もない。財産なんてない。住むところもない。
そんな男ジュノは 残念ながら 話を聞いた時の先入観通り 『顔だけはまぁいい どうしようもない男』であった。
ナヨンの住むところに ナヨンの稼ぎで暮らす気満々のジュノは 『屋敷の奥方さまの面接』ですら面倒くさがって難色を示していたのだが、そうしないと長屋を追い出されるからと ナヨンが頑張って連れてきたらしい。
それも マンボの店に来ることを承知しただけで ウンスたちの話を聞く気はなく 黙々と料理を食べ続けるだけであった。


「・・・なんすか、それ」
「言葉の通りよ。 ナヨンの住む長屋に転がり込んで 働く気がなくて ナヨンの稼ぎで暮らすけど 家のことを何するわけでもなく、小遣いもらって博打するだけ。 あなたはナヨンに何してくれるの?」
「何って」
「ああ、閨事なんて言わないでよね? 妓生じゃあるまいし そんなので稼げると思わないで?」
「なっ!」
「おっと! 奥方に暴力なんてさせないわよ」
「・・・そこまで言うんなら お屋敷とやらで俺を雇えよ」
「それこそ 何を言っているのかしら? 高麗の鬼神と呼ばれる男の屋敷で用心棒ができるほど あなたの腕が確かだとは思えないわ」
「『高麗の鬼神』だと・・・?」
「あら、知らなかったの? チェ・ヨンの屋敷に勤めるからナヨンに近づいたんじゃなかったのね」
「お、奥方さまっ」
「ごめんなさいね、ナヨン。うちの旦那様は 高麗の守り神だけど 同時に彼を敵視する人も多いのよ。 本人には敵わないから 弱みを握るために屋敷の者に近づいてくるって人も多いのよ。この人もてっきりそうだと思ったの」


チェ家の屋敷で雇う者は スリバンに徹底的に調査される。
それは チェ・ヨンのことを好ましくないと思う者が 国外だけではなく 国内にも存在するからだ。
チェ・ヨンの祖父チェ・オンによって建てられた今の屋敷も 忍び込んでくる敵の存在を想定して チェ・ヨンの手によって内部は大幅にかつ複雑に改装されている。
ウンスや子供たちを人質に取られたら チェ・ヨンは生きてはいけないことを スリバンも王も知っており、そのためにあらゆる伝手を使い ウンスたちを守っているのだ。


そしてウンスも そのことを自覚して、慎重になることを 月日とともに覚えたのである。
自分と子供たちのことを守ることが この国を守ることに 他ならないのだから。


「・・・用心棒ねぇ」
「なぁに?ハク」
「それなりに使えるのなら あてがないわけでもないわ。ただ 住み込みで 女を連れて来ちゃダメだけど」
「そうなの? じゃあ 三月くらい 試してみない? ジュノが真面目に働けるのでれば 今の長屋じゃないけど 住むところをチェ家で用意するわ。 まぁ、ナヨンがウチで働いている間は、だけど」


ということで ジュノは ハクに連れられて 用心棒の仕事につくことになったのだが・・・。


「・・・そんな気はしたわ」


ハクの伝手ということは スリバンではないとすれば 実家の妓楼であり、そこの用心棒ということは 妓生たちと近い位置にいるということだ。
用心棒だからって 無料で妓生たちと遊べるわけがないのに、ジュノは派手にやったらしく、給料よりも借金が多くなったのだ。
その額の多さに ナヨンの目も もちろん覚めたのである。


痛い目にあったせいか ナヨンはすっかり男嫌いになったらしく、いつのまにやら『クネ2号』とウンスに呼ばれるほどに 立派な女中になり チェ家に生涯尽くしたそうである・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『一緒に暮らそう』三作で オムニバスで一話にする予定だったとは思えない長さ(笑)

(そして三話とも『一緒に暮らそう』というキーワードを結局一度も使ってないという・・・滝汗

最後 遠征から戻ったヨンに ウンスが報告することにしようかなと思ってたのですが、超が取れる長さになりそうなので割愛滝汗

(今の時点で取れる寸前)

 

久しぶりすぎて 『鉄原』(チェ家本願の地)が出てこず(書き進める途中で思い出した) 

ブランクを感じました・・・滝汗

 

そして 思った。

Pandoriaは ハクが好きなのだということに・・・(笑)  ← 今さらかっ

 

今月も25日を超えてからじゃないと火が付かなかった Pandoria。

7日にUPせねばならないのに・・・ネタ浮かんでなry滝汗