「え~~~~~~~~?」


間延びした上に語尾を上げるその話し方に、実母相手とはいえ多少イラッとしながらも ウォンは拗ねたように唇を尖らせた。


「何だよ 母上。 嫁がチュンヒじゃ不満だっていうの? 俺 すんごく苦労したんだけど」
「まさかぁ。 チュンヒちゃんなら大歓迎よ? っていうか、チュンヒちゃんがアンタで不満じゃなきゃいいけどね」
「酷いなぁ。自慢の息子に向かって! 俺 これでも近衛隊の有望株だぜ?」
「そりゃあ父様の子だもの。 私の血が入ったって かなりのもんでしょうよ」


ウンス自身は かつて現代では そんなに運動神経は悪い方ではなかったのだが、いかんせん 便利な乗り物に慣れ切った現代人であり、『自分の足だけで歩く』 つまり持久力にすこぶる欠けていた。
愛する夫チェ・ヨンの愛馬であり ウンスと種族を超えた親友でもあるチュホンのおかげで 乗馬はそれなりに上達はしたが、それも正確に言えば『チュホンに乗った場合』なのである。

というわけで、高麗で暮らしている現在、いかに負けず嫌いであるウンスといえども 『自分が運動音痴である(というか持久力に極端に欠ける)』ということは 事実として認めざるを得ないのである。

話は逸れたが、ウンスの息子でもあるウォンでも 補って有り余るほど父親チェ・ヨンの運動神経が勝っているのと その父親の手ほどきを受けて育っているため、長男であるウォンの力は大したものであるのだ。
『あのチェ・ヨンの息子』というのも加味されて 『高麗貴族の年頃の娘の 夫にしたい相手』のトップクラスであることは間違いがない。
(一夫一妻ではない高麗では 父チェ・ヨンやコンミン王も そのランキングに入っているのだが)


そんなウォンも (結婚の早い高麗人にしてはあまり早くはないが) やっと現代で言うところの婚約が整ったのである。
その相手 ペ・チュンヒは、その名前から連想できるように、チェ・ヨンの右腕である 現近衛隊長ペ・チュンソクと 元武閣氏でウンスの友でもあるソンヨンの娘である。

ウンスが高麗に戻った時点で 夫婦には息子が三人生まれており、娘も欲しいと思ってはいたが諦め加減なソンヨンだったのだが、ウンスの第一子ミギョンが女児であり その可愛さに やはり我慢ができなくなったのか(笑)、生まれたのがチュンヒなのであった。

というわけで、悪ガキ三兄弟と 両親に溺愛されて育ったチュンヒであるため、当人と心が通ったとしても 結婚までの道のりは ウォンには果てしなく遠かったのだ(主に三人の兄の反対のため)。

実は ソンヨンとウンスの二人の母親たちは 当人たちがまだ想いを自覚するよりも先に 両片思いに気付いていたのだが 親が口出しをすることじゃないから、と黙っていた。
ちなみに 朴念仁な二人の父親たちは もちろん 子供たちの恋愛などに気づくわけもない。

チュンヒの三人の兄たち(普段は ウォンにとって 頼もしい幼なじみの兄貴たちであったが)に幾度となく袋叩きのような試練を受けて ようやく認められたチュンヒとの結婚なのだったが、思わぬところに ウォンの敵がいたらしい。


「あら、私は二人の結婚自体は大賛成よ? ただ その続きがねぇ」
「え? 嫡男が嫁取りするんだから この家に戻ってくるもんだと思ったんだけど」
「結婚したら 近衛隊兵舎を出るのは当然だろうけど、新婚なんだから 二人で済めばいいじゃない。父様やスリバンに頼んで ここら辺の家探しているのよ?」


先ほどの『え~~~?』は 結婚するウォンとチュンヒが 屋敷に引っ越してくることへの 反応だったらしい。


「普通は 同居して当家の嫁としての心得、とか教えるって感じだろ?」
「ウチに 『高麗貴族の一般的』を求めるのが間違いでしょ?」
「・・・本人が言う?」
「自覚がある本人だから言えるのよ!」


ふん、と自慢げにウンスは胸を張るが、全く自慢にもならない事柄である。
他の者だったら ふんぞり返ったことで強調された ウンスの豊かな胸元に目が行きがちであるが、今は相手は実の息子であるので 全く反応はない。


「・・・嫁いできて何年経っても 私に『一般的高麗貴族の常識』なんて わかるわけがないでしょう? 家の外では何とか取り繕えるとしても 家の中では 父様は割と私の自由にさせてくれてたしね」
「うん、まぁね」


ウォンも他の子供たちも 『我が家だけでしか通じない常識』の多さに 育つにつれて驚いたものである。
父チェ・ヨンは 普段は礼儀や作法にうるさいタイプなのだが、故郷を捨てて高麗に嫁いでくれた妻に 家の中では息抜きをできるように そこは目をつぶったのだと 後で分かったのだ。


「ウチ・・・というか 私の作法が色々おかしいのは分かっているわ。 なるべく直したいけど 今さら難しいのよ。 嫁に来てくれたチュンヒちゃんに 慣れない生活の上に 間違っている常識を押し付けるのもどうかって 思うのよ」
「・・・そういうもん?」
「そうよ~! そりゃあ アンタが嫡男だし いずれは同居ってことになるんだろうけど、結婚してしばらくは夫婦だけで暮らしなさいな。そのほうがお互いいいと思うのよね~」
「・・・それもそうかもしれないけど・・・本音は?」
「・・・チュンヒちゃんが『若奥様』だとして そしたら私は? 『大奥様』なんてガラじゃないわ!」
「・・・なるほど」


母の本音を聞くと 『それもそうだな』とも思う。
なるほど、父が 『母次第だな』と言ったのは こういうことか。


「ところで 父さまには?」
「一応先に聞いたよ? 屋敷のことだし 母上次第だって言ってた」
「・・・やっぱりね」


喧嘩は日常茶飯事だし 何から何まで正反対な夫婦に見える ウォンの両親なのだが、こういうところは息がぴったりであるらしい。

建前は 『まだ幼い弟(ヨンス)もいて 屋敷内が落ち着かないから』という名目をつけて ウォンとチュンヒは 別に世帯を構えることになったのだったが・・・。





「・・・それで ウォンは納得したのか?」
「まぁ、完全に納得したかはわからないけど、とりあえず引いてくれたわ」
「・・・武官としての働きは大したものなのだが、・・・やはり策略方面に弱いな あやつは」
「・・・親子の会話に 駆け引きを求めないでよね」


一応は納得した様子で引き上げた長男ウォンとは異なり、その父チェ・ヨンは甘くは無いようだ。


「・・・で?」
「別に 言えない理由を隠していたわけじゃないわ」
「だが 言わなかったことがあるのだろう?」
「・・・ちょっと前に 似たような話を聞いていただけよ」


素のウンスは素直な性質で 喜怒哀楽の表情がハッキリしているタイプなのであるが、彼女もかつて江南で優秀な美容外科医として生き抜いてきた女性であるため、仕事モードになると その心の内を顔には出すことはない。
微笑んでいるようで その微笑が無断のものと違うことを 当然夫は気づくわけで、チェ・ヨンはウンスに追及するのであった。


「・・・ヒソンよ」
「ああ」


夫婦の第三子であり次女のヒソンもまた 割と最近に結婚が決まったのである。
相手は やはり幼なじみのようなもので(屋敷から滅多に出ることがない貴族の子供としては 完全な政略か幼なじみかだろうが)、チェ・ヨンの友人アン・ジェの次男 ジェウクであった。
アン・ジェ自身は武官ではあるが普段は穏やかな男であるのだが、その奥方シム氏はなかなか強者であり、ウンスに対しても間違っていることは割と手厳しく注意してくるため ウンスも一時期苦手にしていたのだった。
(実はシム氏は ツンデレタイプなだけで性格は悪くないことに気付いたため 最近ではウンスも彼女への接し方をマスターしている)


「・・・次男に嫁ぐ予定のヒソンが アン家に同居なのを気の毒だって散々言ってるのに 自分の長男の嫁には同居しろっていうのも おかしな話だと思うのよ」
「まぁな」


アン家にしてみれば 母親が高麗人ではないヒソンのことを思っての同居のつもりではあるが、シム氏の口がキツイために ヒソンにとってはいい迷惑なのである。
ヒソン的には 母親が高麗人ではないものの 自分は生まれも育ちも高麗であるため、それほど常識外れではないつもりなのだ。

ウンスとしては そんなヒソンの気持ちが分かるだけに、同じような時期に結婚するウォン夫婦に 屋敷に同居させるのは 違和感があるのだろう。


「・・・で、近場で二人の新居を探してくれた?」
「まぁ、すぐ住めそうな近場の家はあるにはあったが、これから家族が増えていくことを考えると やはり小さすぎる気がしてならぬ」
「やぁね。 結婚して子供ができて生まれるまで 一年はかかるのよ? 手ごろな広さの家が見つかるまで 仮住まいでいいのに」
「それもそうだな」


ウンスとチェ・ヨンの二人は 元々チェ家が代々住んでいた屋敷を結婚当初に改修してずっと住んでいるため 引っ越ししたことはない。
今の屋敷も チェ・ヨンの祖父チェ・オンが建てなおしたものを 少しづつ改修しているため、建物自体は新しくはないが 住みやすいようにかなり工夫はされているのだ。


「・・・で、ヒソンには結局 イムジャは何と言ったのだ?」
「ヒソンに? 『お姑さんは確かに厳しい物言いをする人だけど 間違ったことは言わない人だから、修行のつもりで二、三年頑張りなさい』って言ったわよ?」
「ほぅ」
「・・・『それでも我慢できなくなったら 夫婦でウチの近くに引っ越してきなさい。貴女についてくる位惚れさせているんでしょ?』ってね」
「ふっ・・・、イムジャらしいな」
「あら、貴方だって 嫁に出すより婿に来てもらう方が嬉しいでしょう?」


チェ・ヨンは 叔母のチェ尚宮以外の身内の縁に薄いため、ウンスとの間に生まれた子供たちを(彼なりに)溺愛しており、特に二人の娘を嫁に出すことには 昔からかなり難色を示していたのだ。
娘を嫁に出すのではなく 婿を連れて来るのならば、彼の家族は減らず 逆に増えるということであるらしい。
それを知っているウンスの言葉は ヒソンにもチェ・ヨンにも 気持ちが軽くなる効果があったようで、二人の憂いは晴れたようである。


・・・実際 ヒソンは結婚後二年と持たずに アン家を夫婦で飛び出して、ウォン夫婦が住んでいた小さな家に住み始め、ウォン一家(子供が生まれていた)は もうすこし広い家に引っ越したそうである。

『嫁にもらったはずなのに いつのまにか婿に取られた』とは アン・ジェがチェ・ヨンに酒に酔って悔し紛れに言った言葉であり、それを聞いたウンスは満面の笑みを浮かべたそうである。






 

 

 

猫しっぽ猫からだ猫からだ猫あたま  熊しっぽ熊からだ熊からだ熊あたま  黒猫しっぽ黒猫からだ黒猫からだ黒猫あたま  ビーグルしっぽビーグルからだビーグルからだビーグルあたま  牛しっぽ牛からだ牛からだ牛あたま

 

 

 

 

 

 

 

 

短すぎて オムニバスにするつもりだった三話のうちの二話合体。

残る一つが一番長くなりそう(頭の中では)だったので別にしたのですが (この時点で自分の中で超短文ではないためw) こういうのって意外と実際書くと短かったりします滝汗

ヒソンの話も 本当はヨンとの話ではなく 母と娘の話のつもりだったのだけど ヨン出ないのも寂しかったので。

 

結局オチとしては 子供の配偶者の前でイチャつけないから 同居なんてしたくない、という 熟年イチャイチャ夫婦の話でした(笑)

出てこなかったけど ヨンスも突撃しそうだしな~真顔

 

 

なんとか5月中に更新できてよかったです・・・。