「フォーフォッフォッフォッー」


時は高麗末期。
一説には『王様のおられる皇宮よりも厳重な警護』とされる 大護軍チェ・ヨンの邸宅の 更に最奥にある 主夫婦の寝室に、突如そんな妙な高笑いが響いた。

妻であるユ・ウンスが 突然暗闇のなか響いたその声に ビクリと身体を震わせる瞬間すら与えずに、夫チェ・ヨンは 寝台脇に隠してある護身用の刀を手に取りながら 片方の手で妻の身体をギュっと抱きしめる。


「な、何!?」
「イムジャ 大丈夫だ。この高笑いには覚えがある」
「・・・そ、そういえば・・・」


この高笑い、そして この普通ならば侵入することすら敵わないはずの寝所に 突然現れることができる存在など 当然限られている。
そして あまりいい思い出ではないものの、それをしかねない存在に ウンスも心当たりがありすぎた。
正式な名は『時の神』、一応時空を超えられる力を持つ『天門』を管理する神であるのだが・・・。


「「エロ仙人!」」
「ぐっ、チェ・ヨンよ。其方までその呼び名か」
「当然だ! 毎度毎度わざわざ寝所に現れる奴に いつまでも敬意を払えると思うたか」
「そうよ! 原則子供だって入れない 夫婦のラブラブ部屋なんだから!」
「・・・イムジャ・・・」


毎度毎度用事があるたびに(一応神である相手が そんなに用事の回数があること自体おかしいのだが) わざわざ二人の寝室に現れるため、初めは一応『神』だと それなりに丁重に扱っていたチェ・ヨンだったのだが、愛妻との時間をこうも邪魔されては 敬う心も枯渇してしまったらしい。
妻ウンスの言う『エロ仙人』という呼び名がすっかり 彼の中でも定着してしまっている。
だが、同じように扱いが悪いとはいえ 相変わらずのウンスの軽~い扱いに どっと脱力するのを感じた。


「で、此度は何だ? 早く用件を言ってもらおうか」
「・・・敬語どころか丁寧語すら使わなくなったな、チェ・ヨンめ。 まあよい、訳は詳しくは言えぬのだが、其方たちの願いを一度聞くこととなったのだ。 儂の力で好きな時間に戻り やり直すことができるぞ? どうする?」
「え?? 何で!?」
「・・・理由は儂も詳しくは分からぬ故 上手く説明できぬのだ」
「・・・なんだか怪しい・・・。詐欺とかじゃないわよね?」
「失礼なっ! 儂が『時の神』として 正式に名を名乗ってやることぞ? インチキはせぬ!」
「ふぅ~~ん・・・」


そんなエラそうなことを言う割には 微妙な時間帯に(今日はまだ着衣が乱れていなかったが普段はヤバそうな時間である)夫婦の寝室に毎度現れるエロ仙人なくせに、とウンスは思ったが 一応口には出さなかった。
勿論 身に覚えがありすぎる時の神も ウンスの意味ありげな相槌に 何も言うことができない様子であった。


「・・・で、どうする?」
「そんなこと言ったって、歴史を大きく変えちゃマズイでしょ?」
「まぁそうじゃのぅ。 お主がそのようなことをするはずないという信頼があっての話じゃし」
「じゃあ、別にいいかな」
「おい! 悩みもせずに即決じゃのぅ!?」
「そりゃあ、今までの人生 後悔することはいっぱいあるわよ? でも 私の行動でこれ以上歴史が変わったとしたら 現代に暮らすオンマたちに影響が出ちゃいそうじゃない?」
「・・・まぁ、そうじゃのぅ・・・」


ウンスが初めて高麗に連れてこられたときは 彼女は懸命に歴史を守ろうとした。
彼女が高麗に来る前の段階で すでに何らかのひずみは発生していて 彼女が『どうせ歴史ではこうなんだから』と行動せずただ傍観したとしたら チェ・ヨンやコンミン王などは生きながらえることができなかった確率が高いのであった。
それ故に 時の神も特にウンスには恩義を感じており 度々ちょっかいをかけに現れるのであるが、実際は有難迷惑以外の何ものでもないだろう。


「『夢』という形にもできるぞ」
「『夢』?」
「ああ。大きく歴史を変えられると儂が修復するために困ることになるからのぅ、『もしもこっちの道を選んでいたら』という夢、という形で見せてやることなら 可能じゃ」
「ああ、なるほどね~」
「・・・・・」


医師になるために基本は勉強一直線であったウンスではあるが、親友のイェジンが高校生時代に一時期ハマっていたため 『並行世界』だの『巻き戻り』だの ライトノベルで出てくるような文言もそれなりに知識はあるのだ。
だから 『時空を超える』などという現象が自分の身に起こっても 初めのショックを超えたあとは割とすんなりと適応したのである。
さすがに 武骨な高麗武士である彼女の夫は ほとんどついていけていないようではあるが・・・。


「・・・でも いいわ。私には必要ない」
「よいのか?」
「ん~、話を聞いたときは 『おっ』とは思ったわよ? でも 歴史を大きく変えることはできないし 夢だったっていうのも 実は残酷じゃない?」
「・・・そうかもしれぬな」


ずっと黙って二人・・・というか一人と一神の話を聞いていたチェ・ヨンが 静かに頷いた。
彼も 時の神の話を聞いた瞬間は 職業柄失ってきた たくさん同僚たちや部下たちを 生き返らせることができたのなら、と考えもしたのだが 彼らを失ったことによって自分も変わってきたという自覚もあるため 口に出すことで 今の幸せが崩れることを恐怖に感じたのだ。
そして つかの間の夢では かえって残酷だと思うという 妻ウンスの言葉にも同意できる。


「あっ! いいこと思いついちゃった」
「「ウンス??」」
「えへへ~。 あのね・・・」


ウンスの『思いつき』の突拍子のなさは今に始まったことではないが、さすがに長年連れ添う夫であるチェ・ヨンも エロ仙人こと時の神も 思いもつかないことであった。
それは・・・。

 

 

 

 

 

「ウンス、戻ったぞい」
「あら、エロ仙人。早かったわね~?」


ウンスたちの元にエロ仙人こと時の神が現れて ウンスに何やら入れ知恵をされて まだ2日しか経過していない。
さすがのウンスも驚いた表情で 時の神を見つめるが、対して彼は苦笑している。


「そう言うな。もう十分だろうて」
「え~? そう? 心が折れちゃったの~? 案外弱いのね」
「・・・いやぁ、頑張った方じゃと思うぞ?」


・・・実は ウンスは 時の神に『夢の権利は徳興君へと譲る』と言ったのだ。
王になりたかった彼ならば 『あの時こうしていれば』と思う分岐点も多いはずで それを現実に叶えてやることは歴史的に難しくても 夢という形ならばできるだろう、と ウンスは言ったのだ。


だが・・・。


王位継承権を持つがゆえに隠れ住んでいた寺に キ・チョルの遣いがやってきて彼を表舞台に連れだした 徳興君にとっては 王になるという野心の原点であるその分岐点で キ・チョルの申し出を断った。 → キ・チョルに殺された。

キ・チョルの師匠の形見である古い手帳の一部をウンスに渡すときに 毒を塗らなかった。 → 師匠の形見を勝手に渡したことに激怒したキ・チョルに殺された。(ウンスに毒を盛らないということは チェ・ヨンも言うことをきかないため)

チョ・イルシンをそそのかすことをしなかった。 → チョ・イルシンだけではキ・チョルを出し抜くことなどできず 彼は殺され、徳興君もとばっちりで殺された。

ウンスに婚約を迫らなかった。 → 徳興君を傀儡にする意味が見いだせないと キ・チョルに殺された。(キ・チョルは自身が内攻に蝕まれ 子供を作ることができないのを承知していたため 徳興君が天女であるウンスとの間に子供を作るならば 高麗王朝を存続する意味はあると考えていたようだ)

ウンスに二度目の毒を盛らなかった。 → ウンスとチェ・ヨンが逃避行で天門を目指す意味がなくなるため ノグク王妃の流産などがなくなり 当然徳興君の王位奪取もなかった。(ちなみに キ・チョル側についた場合も邪魔になったからとキ・チョルに殺された。コンミン王側についても殺された)

元の断事官に手引きされるより早くに逃げ出そうとした。 → キ・チョルに気付かれて殺された。

・・・・・。


幾度挑戦しても どんな選択肢を選ぼうとも 徳興君は王になるどころか ほとんどの場合で キ・チョルの怒りを買って殺されてしまった。
不本意ながらも 現在生きているのが(元に逃げ込んで 肩身の狭い半人質生活であっても) 奇跡的のようなほどに。

あまりにも毎回 キ・チョルに楽しそうに惨殺されるせいか、次第に彼の顔は強張り もう新しい選択支を思いつかないほどだったらしく、時の神はさっさと戻って来たらしい。


「・・・イムジャは・・・時の神に そうなるように頼んでいたのか?」


夜遅く帰宅したチェ・ヨンは ウンスから話を聞き 眉根を寄せてそう呟いた。


「いいえ~? だって エロ仙人来たとき 貴方だっていたじゃない」
「そうだが・・・。あのあともう一度やって来たのかと」
「そんなことはないわよ。 あ、でも 頼んではいなくても 『知ってた』って感じかしら?」
「イムジャ!?」


驚いたような焦ったような声をあげる夫チェ・ヨンに ウンスは悪戯が成功した子供のような得意げな表情で微笑んだ。


「ん~、エロ仙人に何かお願いしたわけじゃないけど、多分そうなるだろうな、と先読みをしてたってこと。 貴方だって戦で相手の考えや動きを読んだりするでしょう?」
「ああ・・・まぁな」
「それと同じよ」
「・・・だが・・・」


チェ・ヨンは思わず口ごもる。
ウンスの言っていることは理解できるのだが どうもシックリこないのだ。
そんな彼の心情を慮るように ウンスは夫をそっと抱きしめた。


「・・・私はここ高麗の出じゃないから、どうしても身分の差で扱いが違うのには 嫁いできてだいぶ経った今でも まだ違和感がある。 けど、それが現実でしょう? 王様と奴婢とじゃ 同じ命でも やっぱり重みが違うわ」
「・・・ああ」
「だから 時の神たちが護りたい『本来の歴史の流れ』を考えたの。 王様や貴方は歴史上かなり重要な人。徳興君もまぁ一時名前が出てくるわね。でも 貴方や王様とは比べ物にならないのよ」
「・・・・・」
「だから 徳興君が例えどんな時に戻って違う道を選びたいと願っても 決して彼は王にはなれないと思った。 王様が治めるこの高麗を貴方が晩年まで護るっていうことが歴史上重要なのだから」
「・・・なんとなく言いたいことは分かったように思う」


どんな一瞬だとしても 徳興君が王になっては 時の神たちは不具合が生じるため、それを阻止するだろう とウンスは読んでいた。
だから 彼の望みが叶わないことを知っていながら 彼の元へ時の神を送り、そのことを思い知らせ 心を折ったのだろう。


「・・・で、奴は?」
「すっかりいじけて寺に篭っちゃったんだって。 まぁ いいんじゃない?」
「まぁな」


短命が多く 王家の人間が残っていないため、どんなに憎たらしい徳興君でも その命を散らすわけにはいかない。
だが その野心を木っ端微塵にしたと聞いて 大きな声では言えないが チェ・ヨンは暗い喜びを感じた。
そして (エロ仙人がやってきて話を聞いた)あの短時間で咄嗟にそこまで考えて行動した妻の頭のよさに 改めて誇りを感じる。


「・・・突然寝室に現れて 怒りも感じたケド、エロ仙人も役に立ったわね」
「・・・まぁな」


どうやら 夫婦のラブラブ時間を邪魔したエロ仙人にも ウンスの怒りは向いていたらしい。
ただでさえむさくるしい男の元へ行って、しかも鬱な展開になっていくのを見守っていなければなかった、というのも エロ仙人には結構しんどかったに違いない。


結局、一番強いのは ウンスだった、ということである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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超久々すぎて書き方忘れてアラ大変・・・滝汗

予想以上の難産でした・・・ゲロー

 

 

てんmamaさんが旅立ってもう一年なのですね。

東北民のワタシと 関西在住のてんmamaさんには シンイというドラマが大好きだという接点しかなかったですが、会ったことはないけど 友達だったと思います。

(ピグライフで遭遇したことはあったけど 彼女はチャットは得意ではないようで あまり話すことはできませんでした 残念)

突然の訃報にショックを受け 呆然としたのを覚えています。

正直 そのことで衝撃を受けたから 京都オフまで行ったんだもんなオイラグラサン

 

でんべさんが 今回の企画(時の神が出てくるお話を同時刻にUP)を聞いたとき 最近書いてないし てんmamaさんと私とでは文体も違うのでどうしようと思ったけど 結局文体を寄せることはできず(本家は時の神のフォーッフォッフォッフォってのも半角) 最初こそしゃべったものの 結局自分の書きやすいようにしか書けなかったです滝汗

 

そして 大嫌いといいつつ 作品に徳出すの多いPandoriaですが、ワタクシ奴を何回廃人にしているんだろう(苦笑)

本当はヨンスの元へ向かわせようとしたんだけどな、エロ仙人・・・。

(ヨンス嫁のイェジンもお胸豊か~な設定w)

 

 

それでは皆さま 引き続き コロナや大雨にご注意くださいね~

Pandoriaでした