「壱は王妃様たちをお守りせよ! 弐は曲者を捕えよ!」
「「「はいっ! 隊長!!」」」


梅雨とはいえ 雨ばかりが続いて ようやく陽の光が見れた日のこと。
大人以上に 晴れを待ちわびただろう 王子様と公主様は、大喜びで中庭を 駆けていらっしゃる。
その微笑ましい様子に つい気を抜いた、ということは ないつもりだったが、普段であれば気づくであろう距離よりも ずっと 曲者の侵入を許してしまったのは 自分たちの落ち度に他ならない。
武閣氏の長であるチェ尚宮は そう思い 唇をキュッと食いしばると キッとその鋭い視線を 賊へと向けたのだった。

 

 

 

 

 

「えっ!? 賊が侵入ですって!?」
「はい! けが人が数名おり 今こちらへ運ばれてきます!」
「診てからでないと 何とも言えないけれど、手術の準備も!」
「はい 医仙!」


皇宮の医療機関である典医寺の長ナム侍医の言葉に 医仙であるウンスがすぐに反応を見せ、それと共に医員薬員たちが サッと散って それぞれの役割をこなす。
その統率が取れた様は (ウンスの夫チェ・ヨンが鍛えた)高麗の精鋭部隊である近衛隊や チェ・ヨンの叔母チェ尚宮が統率する武閣氏以上とも 言われている。
彼らは 基本 統率者の指示により 『甲は待機』『参は賊を追え』などの役割に すぐさま反応して職務に当たるのだが、典医寺では『準備』と言うだけで それぞれがそれぞれの役割を自覚し 職にあたるのだ。
非番の者の役割は 指示がなくとも 誰かによってカバーされ、それが洩れるなどということはない。
王族の護りとはいえ 広く皇宮をカバーする近衛隊や武閣氏とは異なり 典医寺という限られた場所だけとはいえ その統率された動きは ウンスやナム侍医により練りこまれたもので その精度は チェ・ヨンやチェ尚宮さえも 感心するものだった。


「状況は!?」
「けが人三名、共に刀傷です! 腕が二名 足が一名」
「そう。一番の重傷者は?」
「足の傷の・・・チェ尚宮様です」
「えっ!? 叔母様!??」


普段はニコニコと笑みを絶やさず 身分に関係なく皆に気さくに対応すると言われている医仙ユ・ウンスだったが、仕事モードになると キリッと凛とした表情になる。
そんな彼女だったが 突然出てきた身内の名前に 仕事モードは消え 普段のような素っ頓狂な大声をあげた。


「えっ!? ちょっと! どういうこと!??」
「・・・賊が数名侵入し 禁軍と近衛隊が追いかけていたところ、ちょうど中庭にいらっしゃった王妃様王子様公主様の方角に逃げてしまい 混戦になってしまいました。賊は捕えましたが 混乱されて暴れた王子様をお庇いになり・・・」
「・・・そう。わかりました。・・・ごめんなさいね」
「いえ!」


いつの間にか 『医仙』から『チェ家の嫁』に戻っていた自分に ハッと気づいたのか、ウンスは表情と態度を改めて 先ぶれの兵士を職務に戻す。
それからすぐに 皇宮内とはいえ急ごしらえで作られた担架に乗せられた三名のけが人が 典医寺へ運び込まれた。


「三人を診察台に! 怪我の程度を調べます!」
「はい! ナム侍医!」
「ウンス 済まぬが 二人の治療を優先してやってくれ、私はかすり傷だ」
「叔母様! 武官の『自分は大丈夫』はあてにならないことは 武官の身内の私が一番承知してます! 重症度を診て 治療方法を判断するのは 典医寺の仕事です! 第一 一番の重傷と伺ってますよ?」
「・・・むぅ」


『鬼神の叔母』『皇宮にチェ尚宮あり』などと言われる彼女を黙らせることができる者は 少ない。
数少ないそのうちの一人であるウンスは 仕事モードの凛とした中に 心を許した身内に対する茶目っ気たっぷりの笑みを含んで 夫の叔母であるチェ尚宮に言った。


「う~ん、叔母様が一番の重傷という見立てだったけれど、傷は広いけれど浅いから 大丈夫そうね?」
「であろう?」
「あ、叔母様!? だからといって 軽傷ではないんですよ? 傷を適正に扱わないと大変なことになります!」
「・・・そうか・・・」
「浅いですが範囲が広いので 縫った方が早く回復します。キム医員 縫合をお願いします」
「え? 医仙! 私がですか・・・?」
「ええ、あなたですよ キム医員。 あなたは仕事が丁寧だから 傷を縫うのが上手だもの。安心して任せられるわ」
「は、はい! 医仙!チェ尚宮さま! 頑張ります!」


ウンスの言葉に キム医員は驚いたようだが すぐに気を引き締めて頷く。
女人であるウンスや 王の主治医であるナム侍医は 当然のことながら出征の際 軍に帯同することはできない。
だが 縫合技術を持つ医員が帯同できれば 高麗軍の兵士の生還率は大幅に上がるであろう、と チェ・ヨンの願いもあって 軍医を育てることも 典医寺の役目の一つである。
キム医員、そしてホ医員の二人は 医員として優秀であり そして(一番厳しいとされる近衛隊のそれではないものの)禁軍の鍛錬についていけるだけの体力気力を持っている、と チェ尚宮も甥から聞いたことがあった。


「ああ、よろしく頼む キム医員」
「では 準備ができ次第 よろしくね。では 叔母様 失礼します」
「ああ」


ウンスはそう言ってペコリと叔母に頭を下げると あわただしく他のけが人の元へと向かった。
『天界の医員』であるウンスは この高麗において 手術に関しては当然右に出る者はいない。
その彼女が直に当たらなかっただけでも それほど重症ではない、というお墨付きのようなもので(現在の典医寺では 病気やケガの際 患者の身分ではなく重症度により 優先されるのだ) チェ尚宮は心の中で ホッと一息ついた。
傷は広く 出血も多かったが、深くはないおかげで それほど重傷ではないのだろう。
あとは他の二人が 大事に至らなければいい、と チェ尚宮は思い、薬員の差し出す麻沸散(麻酔薬)を吸い込んだのだった・・・。

 

 

 

 

 

 

「え? 自室ではダメか?」
「ダメですよ! 麻酔を使った手術だったんですよ? 典医寺の病室に最低三日は居ていただかないと」
「だが・・・」


なおも食い下がるチェ尚宮に ウンスは左手を腰に当て 右手でビシッと指さしながら 叔母に言った。


「叔母様のことです、人の世話にはなりたくないから、と 早く自室に戻られたいのでしょうが、下手に動かれると折角縫った傷口が開き 更に出血したり膿んだりします! 悪化させたいのですか!?」
「・・・・・」


刀で切られ それを縫ったのだから もちろん足は痛いが、それ以上にチェ尚宮の性格上 人の世話になるのが精神的に苦痛なのである。
手術自体は仕方がなくても 目覚めたあとは自室療養させてもらおうと思っていたのだが、それは甘かったらしい。


「だから 決めました!」
「は!? な、なにをだ?」
「叔母様は うちで療養なさってくださいね!」
「え? ウンス? それは・・・」
「残念ながら いつもの叔母様のお部屋ではなく 違うお部屋になりますが、さっき 屋敷に知らせておきましたから 今頃準備ができてますよ」
「え? ウンス? その・・・」
「あ、もちろん夫にも言ってありますからね! 子供たちには はしゃぎすぎないように釘をささなきゃ!」
「・・・・・」


テンション高くまくし立てるウンスを 病み上がりのチェ尚宮では止めることができない。

本来ならば 強めの麻酔薬である麻沸散を使った患者を その日のうちに退院させるなど 典医寺は考えられないのだが、医仙であるウンスがついているということで(しかもその夫は雷の内功使いであり その二人による応急処置で 何人もの命が救われていることは 周知の事実である) チェ尚宮はチェ家の屋敷に連れていかれたのだった・・・。


「ウンス、これは・・・?」
「車椅子ですわ 叔母様」


皇宮内は基本馬車の乗り入れができないため 担架のような輿に乗せられて入口まで移動したのち、チェ尚宮は 馬車でウンスと共にチェ家屋敷に戻ってきていた。
彼女の生家であるはずだが 屋敷は現当主チェ・ヨンによって 改築されており、中は特に迷路のようになっている。
初めは客間の一つを病室に、ということだったようだが 使用人やウンスが駆けつけやすいようにということで 結局彼女の部屋に落ち着いている。
膝よりやや高めの寝台に腰かけたチェ尚宮の前に ウンスが持ってきたのは 背のついた椅子の両脇に大きな車輪がついた奇妙な椅子だった。


「椅子の部分に腰かけて 傷がある左足を浮かせ、右足と あと両手で車輪をこうやって動かしながら 移動するんです」


ウンスは実際に車椅子に乗って動かしながら チェ尚宮に乗り方を教えた。
さすがに段差が多い皇宮内や (現代と違って舗装されていない)屋敷外では使えないが、板張りの屋敷の中では使えると 前からウンスが考えて 大工の親方に発注していたのだ。
典医寺でのお披露目より先に チェ尚宮に使うことになるとは さすがの彼女も思わなかっただろう。


「で、大きな声ではいえませんが ここをこうして これをこうすると・・・」
「ほう! なるほどな! 助かった! ちょいと言い出しにくかったのだが・・・」
「だと思いました」


一人で動くことができない者の 多分一番困ることと言ったら『トイレ事情』であるだろう。
ウンスはさすがに屋敷の厠を車椅子用に改造することまではできなかったが、人に頼りたくないだろうチェ尚宮の気持ちを考え せめて一人でできるようにと 壷と蓋を改造してみたのだった。
具体的にどうこうという記述は省くが、女中といえども人の手を借りることに難色をしめしていたチェ尚宮が ウンスの機転に感激していたのは 間違いない。


おかげで チェ尚宮も安心して療養することができ(子供たちが大好きな『大叔母様』の元に駆けつけてきたため ゆっくりできたかはさておき)ウンスが心配していた 麻酔による副作用も 傷口の膿もなかった。
すると 今度は ウンスが別のものを出してきたのである。


「今度は杖か? 面白い形をしておるが」
「ええ、叔母様。『松葉杖』っていいます」


一本の太い枝を少し持ちやすいように加工しただけの杖は 高麗にも広まってはいたが、現代の松葉杖は もちろん広まってはいなかった。
チェ尚宮は武閣氏の長で 運動神経にも優れているし 細身なので ウンスは車椅子よりも 杖のほうが 筋力を落とさずにいいと思ったのだろう。


やはり 同じように 数回使って見せただけで チェ尚宮はすいすいと使えるようになり、数刻のちには 運動不足解消とばかりに 屋敷中を歩き回っていたほどである。
(子供たちが大叔母の後ろをついていくさまは 女中やウンスたちを和ませていたようである)
元の鍛え方が違うのか 屋敷中を松葉杖で回っても疲れたような素振りがないチェ尚宮は ウンスにお礼を言いつつも 皇宮に戻る相談をした。


「・・・本当は ちゃんと療養していただきたいんですけど」
「ああ、お役目にはつかぬ。この杖は便利で 動けるようにはなったが、王族をお守りするような状態とは言えぬ」
「・・・子供たちも 叔母様がいらっしゃって 大喜びなのに」
「お役目にはつかぬが 今頃書類が溜まっている気がしてのぅ」
「・・・・・休めるときに 休んでいただきたいのに」
「子供たちをじっくり過ごせて 楽しかったし、十分休んださ。また休みの折に顔を出すゆえ」
「・・・・・・・仕方がありませんね・・・」


数回のやり取りの末 ふぅ、と諦めたため息を吐いたウンスが 渋々と頷いた。
働きすぎの感がある チェ尚宮に ちゃんと身体を休めてほしかったのだが(正直に言えば チェ家の子供たちの世話は 身体を休める者ではないが) この叔母には無理らしい。


結局 予定よりもずっと早く チェ尚宮の療養は終わりを告げたのだった。


ちなみに ウンスが 結果的にチェ尚宮で実験することになってしまった 『車椅子』と『松葉杖』だが チェ尚宮の運動神経と器用さによって 飲み込みがよかっただけで、一般人ではそううまく使えることができず(とくに車椅子は 作る方も相当大変であるため) 高麗ではあまり広まらなかったようであった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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デスクトップPCが使えないとき ノートPC(安いので画面が小さい)で書くのが 雑文。

庭(ピグライフ)友 Yさまよりいただいたネタですラブ

(あんまり怪我人の世話っつ~シーンがなかった・・・)

 

ウンスさんは 今回三人の怪我の執刀はせず 屋敷に病室を用意させる手配してた設定です(笑)

叔母様の性格知ってるからね~ニヤニヤ

 

松葉杖って わきの下の部分に体重かけちゃいけないって 母が手術したときに 聞きましたポーン

叔母様はウンスの真似してすんなりできたんでしょうが 他の人は脇の下こすって痛めそうだなぁ、と滝汗

車いすもガタガタの道じゃ使えないし~(というか 高麗式では車輪のところを触らないと回せないので手が汚れちゃうし 力もいるだろう・・・)

 

車いすは 異次元Ⅰで 生きてた設定チャン先生に使っていただいたんですが、あとはどうだったろう・・・滝汗(記憶力皆無)

担架は ドラマ時に ウンスにお腹を指されたチェ・ヨンを板で運んでいたからOKでしょう

 

甘いの読みたいな~と思ってるのに チェ・ヨンさえ出てこない話を書いてるオイラって・・・笑い泣き