「スンギ、お前は 近衛隊に入るのだ」

そう父上に言われたのは、三年前 僕が十四になった日のことだった。
パク家は 代々武官の家で、父上も禁軍の郎将の地位にある。
僕は次男だったけれど、身体があまり丈夫ではない兄上に代わり (家を継ぐかどうかはともかく)武官になるのは自分だと思い 熱心に稽古をしてきたけれど。

「え? 近衛隊ですか? 禁軍ではなく?」
「ああ。 裕福でも有力でもないが このパク家だとて貴族の端くれ。近衛隊に入る資格は有しておる」
「ですが父上、近衛隊には 難しい入隊審査があると聞きましたが・・・」
「スンギ、お前 毎日稽古しておるのに 近衛隊の入隊審査すら通らないと申すのか!?」
「い、いえ! そのようなことは・・・!」
「何としても 近衛隊に入隊するのだ! 分かったな!」

・・・そうして 僕 パク・スンギは近衛隊へと入隊することになった。
審査も何とか通過したが、噂で聞いていた以上に日々の鍛錬は辛いものだった。
王様直属の部隊で その御身をお守りする近衛隊は、貴族階級の子弟でのみ編成されているが、一度入隊してしまえば 後は実力主義であり 家門は何も影響されなかった。
それは 今は名だけの隊長で、現在は北の元との国境地帯に赴任されておられるチェ・ヨン大護軍が 近衛隊長になられた時にお決めになったと聞いている。
実際 影で 家柄はいいけど実力はない奴が 威張り散らしていたら 上官に見つかって 隊を追放になったのだから 間違いはない。

そんな中で 貴族の端くれでしかなくても 努力だけはした結果、入隊三年目にしては 自分はそこそこ認められるようになった。
チュンソク副隊長が率いる 国境地帯への赴任にも 同行を許されるくらいには。
(本来は 近衛隊は王様をお守りする部隊だから 戦場へ赴くことはないのだが、『一度は戦場を経験するべき』ということになったらしい。だけど 近衛隊でもある程度の実力がなければ赴任はゆるされなかったのだ)

僕は 禁軍に父がいるから、戦場に派遣されることにそれほど恐怖はなかったが、一つだけ気がかりがあった。
それは 現在は名ばかりの近衛隊長で、国境地帯の軍最高司令官でもある チェ・ヨン大護軍。
『鬼神』だの『雷を操る』だのという数々の噂を聞いていた僕には 会ったこともない大護軍が恐怖の対象だった。
・・・その彼に少しでも近づくことが 父上の命だったとしても。

キツイキツイ近衛隊の鍛錬を現在のものにしたという人であり、伝説だけの存在だった『赤月隊』の生き残りだという人。
憧れというよりは ただただ恐怖の存在でしかなかった。
父上に 『大護軍チェ・ヨンとお近づきになるように』と言われても 実際彼は北の国境地帯、自分は開京の皇宮にいて 会う機会すらないことに ホッとしていたのだ。
国境派遣の人員に選ばれて誇らしいと思う反面、ついに大護軍の傍に行くということが 怖かったのだ。

でも実際、直属の部下である近衛隊とはいえ一兵と 国境地帯全体の司令官である彼とは ほとんど会う機会もなかった。
せいぜい遠目に チュンソク副隊長やトクマン丙組頭とご一緒にいるところを見るだけだったのだ。
よく組頭の頭をはたいていられるのを遠目でみていたが、隊で一番背が高い組頭の頭をはたけるのは 大護軍しかいらっしゃらないだろう。
ほぼ同じ位の背丈のようだから。
小柄な僕には 文字通り『雲の上の話』だったけど。

そんな生活の中で(幸いにも 僕の赴任中は 元との間で小競り合い程度しかなく、大きな戦にはならなかった) 一度だけ 大護軍と近くで顔を合わせたことがあった。

きっかけは 僕より入隊が一年早いウビン先輩と 鍛錬や国境見回りの任務の間に 他愛もない話をしていた時だった。

ウビン先輩は 入隊こそ一年違いだけれど 実際僕よりはかなり年齢が上の人だ。
だけど 同期や入隊が近い仲間は今回は少ないから 必然的に話す機会が多い。
彼は こう言っちゃなんだけど、女のことしか考えてない感じの人だ(まぁ それでいてトクマン組頭には及ばないけど 槍は結構な達人だったりする)。
トクマン組頭は『第二のトルベ』って言ってたけど、僕もウビン先輩も会ったことはない 僕らの入隊前に亡くなった人のことらしい。
トクマン組頭とは仲が良くて 組頭の槍は その彼の遺品だって話だ。

女好きのウビン先輩は 何かと言うと女の話をしていた。
その時は 近くの村にできた妓楼の妓生の話だったと思う。
禄が入ればすぐ、と言う感じで つぎ込んできたウビン先輩が 『あんな女、開京にもいない』と言ったほどの上玉の妓生。
僕も興味が湧いて ちょっと行ってみたいような気になって話を合わせていた。

が、どうやら その話を 大護軍や副隊長に聞かれていたらしい。
鍛錬を増やすように、と大護軍が副隊長に仰ったと聞き、ただでさえもキツイのに、と青くなっていると 副隊長は笑って仰った。

「言われた通り 鍛錬は増やすが、その前に 大護軍の奢りで 飲み会を開いてくださるそうだ。感謝して飲め」

「『息抜きも必要』と仰られたが まぁ ご自分も飲みたかったのだろうな」

と、そんな付け足しもして。

実際 その飲み会は ものすごく盛り上がったのだが、大護軍はその店にはいらっしゃらないようだった。
また ウビン先輩が 『大護軍は おひとりで妓楼にいらっしゃったんじゃないか?』と騒いでる。
大護軍は 四年前に天門に消えた医仙が お帰りになるのを待ってらっしゃる、と噂されている方だし そんな訳ないのに・・・、と口には出さずに思っていると ウビン先輩に対して拳を振り上げていた副隊長を 背後から手首を掴んで止めた大護軍がいらっしゃった。

「無礼講なら いいんじゃないか?」

そう言って口の端を僅かだけ持ち上げた大護軍だったけど、副隊長はそれだけで怒りを封じたのか ウビン先輩のことはもう眼中にないかのように 大護軍へと向き直られた。

「お戻りでしたか」
「ああ。意外に冷えて来たし 酒が足りん」

言葉が少ないやり取りながら、副隊長は大護軍がどちらにいらっしゃったのかをご存じで 酒を届けられていたらしい。
まだ新兵にすぎない自分には 到底及ばない『深い信頼関係』があるのだと感じた。
とてもじゃないけど、こんな人たちに割って入って 大護軍に取り入ろうなんて 絶対無理だと思う・・・。

「では あちらに」
「ああ」

そう仰って お二人は古参の隊員たちがいる奥の卓へと行ってしまわれた。
そうだよな、いくら無礼講だからって 新入りと酒を飲んでは下さらないよな、と ガッカリ反面 納得反面でいると・・・。

立ち去ったかに見えた大護軍が 突如クルリと身を翻してこちらへと戻って来た。

「まぁ 一応言っておくが、俺は 妓楼など行かぬ。 俺の女の代わりになど 妓生にはとてもなれぬからな」
「テ、大護軍・・・」
「一人の女に捕らわれるのも悪くはないぞ? まぁ それだけの女と出会わねば無理だがな」
「・・・・・」

言われた言葉を頭で反芻し 真っ赤になって口ごもっていると、大護軍は再び 唇の端を上げて一瞬笑みのようなものを浮かべられ またスタスタと行ってしまわれた。
そのまま 古参の隊員たちに囲まれて ゆったりとした仕草ながら すごい勢いで酒を飲まれている。

「・・・な、なぁ スンギ」
「なんですか? ウビン先輩」

問い返すと ウビン先輩は 真っ赤になってモジモジとしていた。

「・・・噂って 本当だったってことだよな? 大護軍は 天女のお帰りを待っている、って」
「・・・そうみたいですね」
「どんな女人なのかなぁ」
「そりゃあ・・・大護軍が ああまで仰るんだから、相当な方なんでしょうね」

僕にも (正確に言えば母違いだけれど)姉や妹がいるけど、とてもじゃないけど そんな風に想ってもらえなどはしてない。
本人たちも 『いい男を捕まえなきゃ』と言った感じの俗物だし。
だから 純粋に 大護軍にそこまで言わせる女人が 一体どんな人なのかって そう思った。
 
 
 
 
それが分かったのは それから少し経ったある日のことだった。

「俺、さっき すげぇ美人に話しかけられたんだぜ?」
「へぇ? 高麗の女ですか?」
「さぁ? どうだろうな? でも 言ってることはおかしな感じでよ、『ここは元の領土じゃないのか?高麗の兵士がいていいのか?』とか『前の王の名は?』とか『今の王になって何年か?』とか そんなことを聞いてくるんだぜ?」
「・・・それは変ですね」
「だろ? すげぇ美人だったけど どうもおかしいよなぁ」

『そうじゃなかったら 口説いてたんだけど』と ウビン先輩が相変わらずのことを言っていた時、慌てたように トクマン組頭がやって来てウビン先輩に言った。

「ウビン! お前 先ほど飯屋で 一風変わった旅の女人に話しかけられたというのは 本当か?」
「え? はい、そうですが・・・」
「ちょっと来い! 副隊長のところにまで」
「え?え? 俺 何もしてませんよ!?」
「いいから! その女人が突然消えたと女将が不思議がっておるのだ。副隊長に話していた内容を報告しろ」
「はぁ・・・」

組頭の地位にいらっしゃるとはいえ、トクマンさんはまだ若く 気さくな性格なので話しやすいが、副隊長の前で と聞きウビン先輩は露骨に嫌がっている。
しかし トクマン組頭に引きずられるようにズルズルと 引っ張って行かれたのだった。

しばらくして一旦戻って来たウビン先輩は 何か見たこともない珍妙な袋を抱えていた。

「先輩? それ どうしたんですか?」
「ああ、さっき話したろ? すんげぇ美人だけど おかしな感じの女。そいつの持ち物らしい。 顔分かるの俺だけだから とりあえず持ってろって言われた。 この後 これ持って飯屋で待機してろって」
「へぇ そうなんですね」
「スンギ、お前この後非番だったよな? おごるから付き合ってくれないか? いつ来るかわかんねぇ女を ずっと一人で待ってるなんて無理だよ」
「僕 明日は早番なんで 寝る前までならいいですけど、夜は嫌です」
「ちぇ! お前ってば冷たいな」
「先輩の任務でしょう? 僕に命令されたんじゃないんで 僕は明日は普通に鍛錬と任務があるんですから ちゃんと寝ないと」
「・・・分かったよ。 それまで その女、現れてくれるといいけどな」
「美人なんでしょ? お目にかかれればいいなぁ」

呑気にそう呟いた僕を ウビン先輩は焦った表情で止めた。

「スンギ、どうやらその女人 『ワケアリ』らしい。トクマン組頭と副隊長が深刻そうに話していたんだ。大護軍のお名前も出ていた」
「え??」
「トクマン組頭はどうやらその女人の名前を知っているみたいだけど、副隊長が『その名をここで言ってはならぬ!』ってお怒りでさ。もう余計なこと言えねぇ感じだった」
「・・・そうですか」

そのまま ウビン先輩と二人で飯屋に戻り、消えた女人が座っていたという席で 時間を潰した。
『ワケアリ』で『口止めされた』と ウビン先輩の口が重くなってしまったせいで その女人のことは結局聞けずじまいだったが、長くなるかと思われた任務は 呆気なく終了した。

「ウビン、副隊長からの命令だ。女人の荷物を渡してくれ」
「テマンさん」
「後は 兵舎に戻っていいそうだ。だが 女人のことに関しては 一切話しては駄目だ、と」
「・・・はい」

テマンさんは 近衛隊と行動を共にしているが、本来の身分は大護軍の私兵らしい。
だが、副隊長もトクマン組頭も『弟分』という感じに接していたし 日々の生活も鍛錬も近衛隊員と一緒だったから 仲間だった。
テマンさんに限って 副隊長を裏切るようなことはないと思ったウビン先輩は 荷物をテマンさんに渡して 兵舎に戻った。

「・・・口外するなって言われたから 言えないけどさ」
「言う気まんまんじゃないですか ウビン先輩」
「うるせぇ。・・・もしかして 大護軍が言ってた女人だったのかなって・・・さ」
「『天女』様ですか? 先輩美人だったって言ってたけど 本当にそんな感じでした?」
「・・・美人だったのは間違いねぇよ。 でも 身なりが普通っていうか地味だったからなぁ」
「・・・本当にそうだったら そのうちお目にかかる機会 僕にもあるかなぁ?」
「どうだろうなぁ」

それ以上のことは何も分からないし、口外不可とされているため 二人の話はそこで終わった。

だが 話は翌日に またすぐに大きく動いた。

「本日 近衛隊には別の任務があるため、国境警備は禁軍にお任せする。大護軍の命である」
「昨夜 大護軍から話は聞いております。 国境のことは 我ら禁軍部隊にお任せあれ」

朝の合同鍛錬の後 近衛隊副隊長と禁軍護軍との間で そんな話し合いがなされた。
そして 副隊長は 整列する近衛隊員たちに 声高らかに宣言した。

「今日 これから 我らの隊長である大護軍チェ・ヨンの婚儀がある! 故に 我らの任務は 大護軍と奥方になられる方の警護である」
「「「「えええ~~~~?????」」」

当然、隊員たちから 一斉に驚きの声が上がる。
それはそうだろう、昨日まで 大護軍には女のおの字すらなかったんだから。

古参の隊員たちが 口々に副隊長に疑問をぶつけている。

「副隊長! 大護軍の婚儀って、もしや奥方様は!?」
「静かに!!」

口々に叫ぶ近衛隊員たちの間に 副隊長の声が響き渡った。

「古参の隊員たち、大護軍の奥方になられる方は 当然あの方に決まっておる! だが、あの方の『名前』、『王様から賜った役職』などは 一切口にだしてはならぬ! 古参なら理由は分かるはずだ!」
「はい、副隊長!」

静まり返った近衛隊員のなか、トクマン組頭が代表してそう言い切った。

「あの方の名前、役職は口には致しません! 『奥方様』という呼び名を徹底させます!」
「頼むぞ」

満足気に頷いて 副隊長は言った。

「本当は お前が一番心配なのだがな」
「酷い・・・副隊長・・・」

知らずのうちに緊張していた雰囲気が 一気に和やかになる。
チュンソク副隊長は 隊員をいくつかに分けると 寺に先回りして警護する者、馬車で移動されるお二人を道中お守りする者などに割り振って また慌ただしくお出かけになったのだった。

「・・・・・」

新入り故に 近くではなかったけど、婚儀の後で 僕も『奥方様』のお顔を拝見する機会に恵まれた。

「・・・・・」

言葉が 出てこなかった。
地味な恰好をしていた昨日ですら ウビン先輩に『見たこともないような美人』と言わしめた女人は 婚礼衣装に身を包み その晴れやかな笑顔は 『天女』と呼ぶに相応しいものだと思った。

そして 唐突に 先日の宴会での 大護軍のお言葉を 思い出す。

『一人の女に捕らわれるのも悪くはないぞ? まぁ それだけの女と出会わねば無理だがな』

ああ・・・、確かに。
羨望のため息と共に 僕は納得する。

高麗屈指の名家の当主で その家柄もさることながら 王様もご信頼も誰より厚く、『鬼神』の異名を持つほどの武芸の達人であり その上並みの妓生でも歯が立たぬとまでいわれる美丈夫であられる大護軍が、四年も待ち続けたという『天女』。
確かに この女人を手に入れられるのならば 他の女などいないのだろう。
『幸せに輝く』という表現がこれほど似合う人はいないであろうと思われる 見ているこちらまで嬉しくなるような そんな笑みの奥方様の横で、大護軍も 見たことが無いほどに優しい目で奥方様を見つめていらっしゃった。

『あのお二人を守ることが 我々の任務だ』と、古参の隊員のユチャンさんが ポツリと言っていたが その気持ちが僕にもよく分かる。
まだまだ新兵の僕だけど、あのお二人をお守りするためなら 何だってやる覚悟だ。

だから そうするから・・・、一度でいい 奥方様に微笑みかけられてみたいなぁ・・・。
そんな淡い夢を見ながら 僕は今日も 鍛錬を頑張ろう、と誓った。
 
 
 
 
 
 
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幕間17の続きです。
ウンスがドラマ最終話で 飯屋で「今何年?」と聞いた近衛隊員を ウビンと名付けていたのを思い出し 幕間17の女好きの方と勝手に同一化しました(笑)
ウビンから話を聞き チュンソクが ウンスの帰還を察したのは長文02
寺で婚儀を挙げたのは長文08でした。
(懐かしいけど 自分の書いた話を読み返すのは恥ずかしいので 何の罰ゲーム?状態)
 
 
細かいところをセルフツッコミしますと(把握してるのに直さないという開き直りかっ)
幕間17で 二人とも一人称俺なのに 今回スンギは僕だった。
(トクマンが丙組の組頭なのは直しましたw ←乙組にしてたのでw)
 
思ったよりも長くなって 間に合わないかと思った・・・。
(これもすでに毎回言ってる気がする・・・)