「私 歴史を変えてもいい?」


ウンスは 夫を真っ直ぐに見つめながら 懇願するように言った。
思いつめたその表情は 見ているこちらですらも 苦しくなる。


「・・・ウンス?」


突然告げられても チェ・ヨンは妻の言葉を理解できない。
彼女の真意を探るように 顔を覗き込むことしかできなかった。


「・・・ごめんなさい。急に変なこと言って」
「いや。ただ俺は 貴女の話を聞きたいだけだ。俺で力になれるなら 何でもしてやりたい」
「・・・ありがとう 貴方」


澄んだ漆黒の瞳で夫に見つめられ 気ばかりが焦って落ち着かなかったウンスの心が 少しだけ落ち着く。
誰よりも信頼していて 誰よりも頼りになる 彼女の愛する夫は、彼女にとって精神安定剤だった。


「4年前、私は 自分の学んだ高麗の歴史を 守ろうとしてた。府院君や徳興君たちに 好きにはさせないって。あいつは王にはなれないし させるもんかって」
「・・・ええ」
「だけど 今、私は違うことを考えてしまってるの。 この先起こるはずの悲しい出来事。私の力を全部発揮できれば 起こらずにすむんじゃない?って」
「・・・ウンス」
「矛盾してるのは 分かってる。 勝手だって分かってる。 だけど・・・」


ウンスは、堪え切れない涙を流しながら 夫を見つめ続けた。


「ウンス。・・・俺は 貴女のいう歴史を知らぬ。貴女が何を知り 何を何に変えようとしているのかを」
「あ、ごめんなさい。・・・そうよね」
「知りたいと思わぬのだ。 ・・・そうだな。婚儀の時に現れたヨンス。アイツが俺たちの子だと貴女は言ったが、我らに子が産まれるのだと 幸せな生活を送ったのだと分かり 嬉しく思った。・・・だが」


チェ・ヨンは そこで言葉を切り、愛しい妻の頬をゆっくりと撫でた。


「だが、それ以上は 知りたくない。知ってはならぬと思う」
「貴方・・・」
「先のことを知ってしまえば、全力を尽くさなくなる。報われるか報われないか 知っているのだから。・・・そういうのは俺の性に合わぬ」


そこまで言って、チェ・ヨンは妻にフッと微笑みを浮かべた。


「足掻くのは醜いだろうか? 望みが薄かったとしても その道を選ぶのは愚かなことだろうか? ・・・今 高麗が元に対抗しようとしているのも そんなものではないか? でも、それでも 王はお諦めにはならないだろう。そして、俺も微力だとしても全力を尽くすだろう」
「貴方・・・それは」
「貴女が この先に起こることを知っていて それでもよりよい物を求めて変えようとすることが 愚かなこととは俺は思わぬ。その結果変わったとしても 変わらなかったとしても」


一息に話してから チェ・ヨンは何かを思い出すように 遠い目をした。


「4年前 貴女は俺の命を助けるため、徳興君と婚約までした。覚えていますか?」
「・・・ええ。覚えているわ。 例え消したい過去だとしてもね!」
「貴女は その前に言っていたはずだ。『俺を殺す男を助けてしまった』と。 俺が後年 イ・ソンゲに殺されるならば、あの時徳興君には殺されぬはず。貴女は何故奴と婚約を?」
「・・・そ、それは。万が一ってことがあったら 大変だものっ」


よく考えればそうなのだ。でも、その時はただ 必死だった。
もし 歴史では違うはずだからと 高をくくってチェ・ヨンを見殺しにしてしまっていたら どうなったかなんて 考えもしたくない。


「・・・でしょう? 同じことだとは思わぬか? ダメで元々でも やってみないといけないことはある」
「・・・・・」
「貴女の考えていることが 正しいことなのか そうでないのかは 俺には分からぬ。 が、本当に天門に番人がいて 貴女がしてしまったことで罰を受けるようなことがあったら、その時は夫として共に受けよう」
「貴方・・・」
「ウンス。貴女の思う通りに。 それが俺の願いだ」
「・・・ありがとう」


彼女の夫は、誰よりも 医師としてのウンスの力量を評価してくれている。
その信頼が 何よりも ウンスには嬉しかった。


「・・・ごめんね。今はまだ 詳細を話せない」
「・・・俺も貴女に 軍の機密事項を話せぬのと同じこと。気にするな」


二人は 想いを託すように 固く抱き合う。
少し離れて彼らを見守っていたテマンが 巡回の兵士の姿を見て 口笛で合図を寄越すまで それは続いたのだった。
















ウンスが 典医寺に戻ると まずナム侍医が 彼女を待ち構えていた。


「医仙。先程の禁軍の兵士が 目覚めました」
「あ、ごめんなさいね ナム侍医。 無断で席を外したりして」
「いえいえ。 ご指示通り 水は飲ませず 口をゆすぐだけにしております。まだぼんやりしているようですが、夜まで何とか起こしておきます。夜眠れなくなるのを回避するためでしたよね」
「ありがとうございます ナム侍医。・・・本当に チャン侍医の日誌読み込まれているのね。完璧だわ」
「へへへ。それだけが取り柄ですから」


見た目がクマなのに ナム侍医は ウンスに褒められると 子供のように目をキラキラさせて照れている。
そのギャップが ウンスは癖になりそうだった。


「・・・医仙。 手術していただいた兵士ですが」
「アン・ジェ大護軍。 部下の方は目覚めたそうですね。今聞きました」
「ええ、ですが かなりぼんやりしているようです」
「ええ。全身麻酔だものね。・・・あれくらいの傷なら 本当は局麻でもよかったんだけど」
「・・・医仙? 『きょくま』とは何ですか?」


術後ずっと付き添っていたらしいアン・ジェに次は声をかけられ ウンスが答えていると 彼女の呟いた一言に 後ろにいたナム侍医が反応する。


「え? ああ。・・・『麻沸散』だと お腹を切るような手術には最適なんだけど 例えば腕とか足とかの傷を縫うだけの今回のような手術には 強すぎるの。痛みを感じない部分はそのままに、でももっと眠る力が弱いものだと 使いやすいんだけどな~って」
「おお、それは是非 研究せねばっ!」


また 目をキラキラとさせた ナム侍医が、急いで自室に向かっていく。 とりあえず チャン・ビンの公式日誌を読み直すつもりだろうか?
彼は本当に 根っからの研究者らしい。
トギに 研究日誌を持ってきてもらったら きっと大喜びね・・・。ウンスは心のなかで呟いたのだった。


「・・・・・」


王妃からもらった 彼女の手術道具。 そして、局所麻酔。
この2つが揃ったら・・・。


ウンスは 秋の空を見上げて 祈った。
『神様。大切な人たちのため 歴史を変えることをお許しください』
















ウンスの知る 高麗の歴史は こうだった。


31代コンミン王と 王妃ノグク公主は 政略結婚とはいえ仲睦まじい夫婦だったが 長く子には恵まれなかった。
結婚して六年 ようやく子を授かったが 王妃は難産による出血多量で亡くなる。子も助からなかった。


医師として そして当人を実際知っている者として ウンスは 『王妃は華奢な体格から 骨盤が狭く 胎児が通過できなかったのでは?』と結論づける。
それならば、彼女の産まれ育った現代ならば 当然『帝王切開』という方式をとる。
失ったと思っていた手術道具。そして 局所麻酔薬。
諦めていたこの2つが揃ったのなら 彼女には それを行うことが出来る技術がある。
・・・王妃とお子を 死なせずにすむことができるのだ。


しかし、ウンスがしようとしていることは、死ぬはずの王妃を救う それだけでは済まない。


史実では 王妃を失ったコンミン王は 政への情熱を一切失い、元に捕虜として軟禁されていた時代からの知己である 僧シン・ドンに摂政として全てを委ねてしまい 念仏三昧の日々を送った。
シン・ドンは 元からの脱却を強行に推し進め、当時建国されて間もない明寄りの政策を取る。
そのことが 親元派の怒りを買い、宦官によるコンミン王暗殺へと繋がっていくのだ。


ウンスがもし 王妃と子を助けることができたら、王は政を他人に任せることはせず、名君のままでいる可能性は高い。
後に『反逆者』として処刑される 僧シン・ドンも、歴史上に姿を現すことはないかもしれない。
そうしたら、イ・ソンゲはどうなるのか? 
(コンミン王の子で次の王であるウ王が 本当はシン・ドンの子であると唱えたイ・ソンゲは ウ王とその子昌王を排し 後に自らが王となるのである)
朝鮮王朝すらも なくなってしまう・・・?


王妃を助けたいという思いが それだけでは済まないことは承知で、でもそれでも 彼女を見殺しにすることはできない。


彼女の知る 国の歴史が大幅に変化してしまうにしても。


局所麻酔は 間に合わないかもしれない。
(全身麻酔だと 成分が胎盤を通過してしまうため 胎児に悪影響を及ぼす確率が高すぎるため 使用できない)
帝王切開も まさか王妃の身体で実験的な手術をするわけにもいかない。


局所麻酔を完成させる。
それを使って 実際に手術を成功させる。
帝王切開も 実績を積み上げ、王や王妃を説得する。


それだけの時間は あるだろうか? 間に合わせることはできる?
そして、お二人を説得できる? その前に 夫や叔母様だって 説得できる?
(ナム侍医は ウンスの考えた末の結論ならば すんなり同意してくれそうだが)


高麗に戻って まだたった数日。
しかし、ウンスの目の前には すでに問題は山積みだった。


それでも 遠くに見えるはずの 僅かな希望という光に向かって ウンスはゆっくりと歩き始めたのだった。







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第十六話。今までで一番短いですm(_ _ )m

しかし、本当は一番書きたかった回なんです。

思い入れが強すぎて 言葉を決められず 書き直した回数最多(苦笑)

そして 言葉を選ぶあまり 文字をそぎ落としすぎて 意味不明だったら すみません。


ドラマ自体がひゅーじょんなのに(苦笑)、なるべく史実に沿わせてみました(笑)

最後は説明しまくりで読みにくいな・・・と自分でも思います(が、もう直せない)

ウィキ見てたら チェ・ヨンさん1351年は35歳だった・・。

ソレダッタラ ハマラナカッタヨ!


重い内容は今日だけで 後は 「頑張るウンスさん」の予定です。

あとは史実だのゴチャゴチャ言いませんので ご安心ください。

(私が無理ですっ!)