Denguri☆Panda -12ページ目

懐かしい再会

実家の近くのスーパーの店長が、ど~も中学時代の同級生に似ている。

去年里帰りした時から、似てるなぁとは思っていた。
店内に掲示してある写真と名前(名字)は確かに彼だ。
けれど20年の歳月は、声をかける勇気を奪っていく…
(間違ってたらどうしよう)
ドキドキしながら横目でチラッドキドキ
完璧に「家政婦は見た!!」と化す…

すると、酒類販売責任者の貼り紙にフルネームで書いてあった!

確かこんな名前だったような…
帰って早速卒業アルバムを引っ張り出し、確認音符確認音符


確定!!


中3の時のクラスメイトで私が大好きだった人。
20年経てば、さすがにおっちゃんになったけど、それはお互い様(笑)
面影もしっかり残したまま。
向こうは最初分からなかったみたい。
そりゃそうだ(笑)間違いなく化粧が濃くなった。(爆)

でも話してる間に思い出してくれた様子。


中学の時、私は不良グループにいじめられていた。
男子陣も虜にして、誰もその不良ちゃんには逆らわなかった。
その不良ちゃん、彼のことが好きだったみたいで、いつも下の名前を呼び捨てで呼んでいた。
彼氏のつもり?
中坊の私が見てもイタイ行動だったなぁ(笑)
不良ちゃんの舎弟の野郎共も、彼に対して「付き合うんだろ?」みたいな空気で迫ってたなぁ…

いじめられっこの私には全く関係ないやりとりだったけど、不良ちゃんや取り巻き野郎共に対してすごく迷惑してたし、話をしたときに「何を勘違いしてるのかは知らないけど、あんなに下品な女は嫌いだし迷惑だ」って話してくれた事は今でも覚えてる。


クラスから総スカン喰らった事もあったけど、彼は避けることもなく普通に接してくれた。

私はその素朴さに憧れてた。

懐かしい時間とほろ苦い思い出が同時に胸を埋めた。

ぽつんぽつんと飾りっ気なく話す姿は昔と変わらない。
10分弱の同窓会はいろんな思い出を連れてきてくれた。

ちなみに随分前に結婚したらしく、奥様はこれまた中学の同級生(笑)
私もよく知ってる人で嬉しかった。


あまり思い出したくない中学時代だったけど、その中にも心が熱くなった日々があって、その本人に会えたことは凄く幸せだし、緊張したけど話しかけてみて本当に良かった…

ありがとう。
またね。

14日

あの地震から今日で2週間…
広島に戻って来て1週間…

震災からの1週間はめまぐるしいわりに時が経つのを遅く感じていた。
1週間、名一杯生きていた気がする。


広島には地震の余波はほとんどない。
ペットボトルの水に販売制限がかかってるくらいだ。
何に不自由することもなく、何に怯えることもなく普通に暮らせている。
有難い事で感謝すべきこと。
だから一週間が早く感じたのか?

まだまだ消えない罪悪感。
暇人の高みの見物って事は分かってる。
偽善者。


尊敬する職場の上司に「お前は今は後方支援部隊、使命を忘れるな」と言われた。
私に出来ることはするよ。
それを求められるなら全力を尽くす。

だけど離れていて出来ることはたかがしれてる。
でもそれでも必要としてくれる人がいるなら私の責任は果たそう。



何故私の直属の上司ではなかったんだろう…



こんなとき心が揺れる。

なんて…後悔しても仕方ないし、直属の上司ではなくても直属の部下のように扱ってくれる専務の言葉を信じるしかないんだ…と思う。



今日は寒くなるって言ってるのに、計画停電は夜だけの実施予定…
大丈夫なんかな?


この天候に振り回され、諭風人の体調も安定せずにいる。
参った…
地震の影響だとは考えたくないけど、やはりストレスはあったんだろうな…
結構元気にチョロチョロしてから解りづらいけど…

今日で14日。

もう月末。

月初には帰るつもりでいる。

私には私の生きる場所があるから。

だからもう少し暇人でいよう(笑)

罪悪感

広島に疎開中の私。

旦那も、親しい人たちも、職場仲間も、続く余震や物資不足、原発の恐怖の中で一生懸命生きてる。
家族で決めたことだけど、私だけこんなんでいいんだろうか…

日々現実を映し出すニュースにまだまだ胸が痛む。
地震警報が鳴ればドキンとする。

そんな中私に出来る事は…

募金?
それだけなの?

まずは諭風人の風邪を1日でも早く治すこと…

母を助けてやること…

そのくらいだ。


虚しくなるから前向きに考えたいと思う。

こんな事で悩むのはお門違いだし、被災された方々に申し訳ない。

与えられた環境に感謝して、自分に出来る生活をきちんとしよう。

1日も早く、被災地の人達の心に暖かい灯がともりますように…