今日ももちろん午後から
母に面会に行ったのだが、
なんだかそれ以外にも
ちょこちょこといろいろ…。
午前の早い時刻に
町内に住むいとこの奥さんからTEL。
先日自分が「母がそろそろかも」と
連絡した時に
夫婦で面会にきてくれたうちのひとり。
それから結構時間が経ったので
母の様子を問い合わせる電話だった。
その奥さんいわく
「これは言っていいかわからないけど、
私も今まで何人も
お亡くなりになる前の人に会ったことあるけど、
おばさんはまだ大丈夫だと思うのよね。」と。
(自分も、そう思うことはよくある。)
それから昼過ぎに母の施設の相談員さんから
「退所手続きを進めますが、
お母さんの荷物は取りに来られますか?」と。
先日母の病院へ
別の入所者さんの件で来ていた
その相談員さんと2〜3言立ち話した時に
「(母が)今後
点滴での生活になるとのことだったので
退所ということでよろしいですか?」
と聞かれ
「はい」
と答えていたが、
現状母の次の行き先について
まだ調整にも入っていない段階なので、
今日の電話の時に一抹の不安を感じ
今後の母の滞在先について
病院に確認してから回答することにした。
もし「万一」施設に戻っても
母の施設は点滴に対応していないので、
「看取りぐらいしか出来ませんが」との話。
それでも母の居場所に不安がなくなるだけマシ。
そして
今日面会に行った時の母。
先週だったかその前だったか
同じ感覚があったが、
昨日面会したばかりなのに
今日の母はものすごく弱っている感じで、
上に書いたことと矛盾する?が、
一瞬ものすごい不安がよぎって
涙がどっと出てきてしまった。
今日の母のベッドには
昨日はなかった電気毛布がセットされ
電源が入っていた。
母が少し手をだしていたので
触ってみたらすごく冷たくて、
母の手を温めるように
30分の面会時間中
ずっと握っていた。
途中で母に何か声をかけたら
(何と声をかけたか忘れたが)
母は2度も首を確かに動かしうなずいた。
そしたらまた泣けた。
今日の30分はとても短く感じた。
帰宅の足で
近所の美術館へ行った。
早世した画家、神田日勝の展示が
行われていたので。
神田日勝は
「なつぞら」という朝ドラの役の1つで
画家を目指す青年の
モデルになったと言われている人。
32歳で亡くなった。
ドラマを通じて
「馬の絵が得意な人」
というイメージがあったが、
馬の絵以外の絵もものすごい迫力だった。
今日ちょっとばかりダメージを負った
自分のメンタルを
少しリカバーしてもらえた気がする。
また見に行くかも。
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先週の平日は毎日
母の面会に通っていたが、
今週はずっと普通に出勤していて
平日は1度も面会に行っていない。
先週母の入院先から
母の退院後の滞在先になる
療養型病院の調整について、
3つの候補の優先順位を決めるよう
言われていたので
月曜日にその回答の電話をしたら
調整担当の看護師から
「主治医がもう少し
お母さんの様子を見たいと言っているので
主治医のOKが出てから調整を開始します。
その時にはまた連絡しますので」
と言われた。
病院からその後の連絡はまだなく、
誤嚥性肺炎の治療が終わってから今日まで
1週間と少し経過。
入院時主治医から
肺炎の治療終了後、点滴での生活になると
「平均的には2週間ぐらい(で亡くなる)」
と言われたうちの1週間。
(もちろん個人差があるので
実際には分からない、とも。)
母に頻繁に会いに行けるのは
母が今の地元の病院にいるうちだけとはいえ、
先が見通せていない現状で
毎日面会に行くのは
普通に働いている中では
なかなか厳しいものがある。
で迷った結果の「平日の面会なし」。
職場の課長が結構気にしてくれて
「後悔がないようにね」
と言ってくれた。
こんなんで
家のこと、
特に今はそろそろ庭作業にはいらないと
今後手に負えなくなる可能性があるが、
毎日横目で庭を見ながらも
何もする気にならずにいる。
今日午後は久しぶりに
母に面会に行く。
夕方はディーラーへ出向き
車の名義変更を終わらせる
(ここ1〜2週はその前段作業を
ディーラーに依頼していた)。
家の隣の敷地には
また何か工事が入るようだ。
昨年同様
工事に関する説明などは全くなし。
失礼が過ぎる上
何かあった時に誰に訴えればいいのか、
そういう想像力も全くないらしい、
「ビジネス」じゃなく「ちからわざ」勝負の
ド田舎クオリティ
(さすが、from札幌)。
はやくこの◯ソ田舎を捨てたい!
モヤモヤが募る日々。
母が再入院してから1週間と少し。
母の命が残り少ないかも知れない、
と言われて
怒涛の1週間を過ごした。
母の銀行口座から引き落とされている
公共料金関係は
週前半の3日間で手続きが終了、または
手続きするための
書類の取り寄せ手続きが終わった(と思う)。
車の名義変更で
ちょっとした問題があったが、
ディーラーで現在
問題解決の作業をしてもらっている。
町内在住の親戚や菩提寺にも電話をしたり
いろいろな手続の仕方を調べたり、で
頭が常にフル回転。
月〜火は午後休、水曜は1日休みをとって
面会&手続き作業をしていたが、
木曜日出勤した時には同僚に
「顔がものすごく疲れている」と指摘され
自身も自覚があったので
調べもの関係は一晩休むことにした。
結局昨夜も休んでしまったが。
(基本怠け者なので
怠け始めるとそっちに傾いてしまう)
頭を使いすぎて「脳だけ」血糖値が
足りなくなってしまったのか、
気を緩めた木曜、金曜の夜は異常な食欲。
逆に昨日も今朝も
朝食を摂る食欲がない。
水曜日中に母の主治医から電話があり
「肺炎の治療を4/9(木)で終えます。
なので療養型病院の調整を
行っていっていいですか?」
と言われた。
肺炎の治療終了後は
「食事」でなく「点滴」で
命を維持することになるが、
その期間は平均的に2週間ぐらい、
とその医師から4/2に説明され、
それほど長い期間ではないから
今いる地元の病院で
最後まで過ごせるものと思っていたので
少し驚いて
「これから母を移動させるんですか?」
と聞いた。
落ち着いて考えれば当然だった。
病気の治療が終わったので退院する。
ただ今回の母の場合
施設に戻ることが出来ない
(=今後は施設提供の食事は摂れない、
と入院時に判断した)ので
別の「帰宅先(=療養型病院)」を
探します、という連絡だっただけの話。
自分の思い込みで気色ばんだのを
電話の向こうの医者が
感じ取ってくれたようで、
翌木曜日に母の面会に行った際
主治医の方から自分に声をかけてくれ
母の現在の体調と今後について
丁寧に説明してくれた。
このことで
その時にはすでに納得できていた自分の理解と
医師の電話での話の内容の
すり合わせ、答え合わせが出来た。
AIが使える世の中になったおかげで
様々な調べ物はとても楽ではある。
それでも
調べても調べても次々
新しいことが出てくるし、
時々無理やり回答してうそをつく
AIの答えをチェックしながらの作業は
それはそれで大変。
昨夜は暴風に近い強風で
未明から排気口周りでブンブン大きな音がし
殆ど眠れなかった。
そんなんで
ポンコツ頭に拍車がかかっている本日。
でもまる1日使える貴重な曜日。
2晩ダラダラ過ごしたので
そろそろ復帰せねば。