それでは、「五稜郭(特別史跡)」へ。

 

土塁が五稜星型なので五稜郭と通称されていますが、正式名称は亀田役所土塁とか。江戸幕府により、蝦夷地経営と北方防備のために建設されました。

 

箱館開港の安政元年(1854)、箱館役所は元町にありましたが、外国船からの攻撃を回避するために、やや内陸に設けられています。

 

この五稜郭を設計したのは蘭学者の武田斐三郎ですが、フランス築城法をオランダ語訳で学び、実行しました。

 

 

 

10万4千余両の工費をかけ、全国から延べ4000人以上の石工や人夫を動員し、足掛け7年もの歳月を掛けて完成しました。完工は慶応2年(1866)と言われています。大政奉還の前年のことでした。

 

 

 

元治元年(1864)に、箱館奉行所が元町から移転。明治元年には榎本艦隊が占拠し、蝦夷政権の拠点となりましたが、箱館戦争終結は終結し、箱館奉行所も、明治4年に解体されました。

 

 

 

その後、五稜郭の堀の水を利用した製氷業が営まれ、「函館氷」は、全国的に有名になったこともありました。

 

                          (青竹:NO.3770)