「長勝寺構」内にある禅林街33カ寺。黒門から長勝寺までを「上寺通り」と称するに対し、赤門から「宗徳寺」までを「下寺通り」と称しています。

 

「下寺通り」の最も奥にある「宗徳寺」は、寺領100石を有し、禅林街では長勝寺に次ぐ高い格式を誇ります。

 

凄い山門です。

 

「宗徳寺」は、もとは「耕春院」といい、金沢の「宗徳寺」の末寺です。明治時代に火災に遭い廃寺同然となりましたが、本寺の「宗徳寺」も同様だったため、両寺を合寺させ、「耕春山宗徳寺」として、大正元年に復興させました。

 

 

藩祖:津軽為信が実父である武田守信の菩提を弔うために建立した「宗徳寺」。

 

藩政時代、身分の高い士族が檀家となりました。「杉山源吾」と名乗ったのは、石田三成の次男の子孫。

 

その杉山家、藩主の一族、家老の大道寺家・隈部家などの墓が並んでいます。

 

 

                            (青竹:NO.3713)