大法寺の少し東、もう1筋南に「補陀山海岸寺(曹洞宗)」があります。佐々成政の祈願所として栄えましたが、成政没後の寛政15年(1638)加賀藩3代藩主前田利常の招きにより、現在地へ移転しました。
もともとは康永元年(1342)、能登の総持寺の開山である蛍山紹殣の孫弟子の月庵珖瑛により創建されました。海辺の浜黒崎で創建されたため、「海岸寺」と命名されました。
紹瑾直筆の「仏祖正伝菩薩戒教授文(国指定文化財)」が収蔵されています。この教授文は、道元禅師が弟子に「禅の極意」を説いたという貴重なもの。
(青竹:NO.3662)


