「鶴に対しては亀」。太田道灌が、文明11年(1479)江戸城築城の際、西方の守護として、鶴岡八幡宮から勧請しました。当時は、「市谷御門」内に鎮座していましたが、寛永13年(1636)頃の江戸城外堀改修工事にあたり、現在地(市谷八幡町)へ移転しました。
市谷見附直ぐ、駿台予備校の左の急坂を登ります。
坂の途中に、摂社「茶ノ木稲荷神社」が鎮座しています。
銅の大鳥居の扁額「八幡宮」は、姫路藩主「酒井忠道」公の筆によります。
一時は荒廃していましたが、家光公や桂昌院の帰依に拠り、再興されました。江戸時代は、「市谷八幡宮」と呼ばれ、賑わいました。
道灌も「軍配団扇」を奉納しています。
本殿です。
御祭神は、「誉田別命(応神天皇)、気長足姫尊(神功皇后)、与登比売神」です。
「力石」が置かれています。
当時の若者が、力自慢や鍛錬に使用しました。
(青竹:NO.2792)



















