”旅するフランス風景画”と副題が付けられています。日本人が大好きな”印象派の絵画”を思う存分に楽しめる「プーシキン美術館展」が、東京都美術館で、大好評公開中です(7月8日まで)。

 

珠玉のフランス絵画コレクションで知られる「プーシキン美術館」から、17世紀から20世紀にかけての”風景画”65点が来日しました。「草上の昼食(モネ)」は”日本初公開”ですが、同時代の人々と自然の風景が、見事にマッチして、うっとりとしてしまいます。

 

ほかにも、ルソー、ロラン、ブーシェ、コロー、ルノワール、ゴーガンなどの逸品が揃いました。

 

 

●エウロペの掠奪

  クロード・ロラン。1655年。

 

 主題は、ギリシャ・ローマ神話を集めた、オウィディウス「変身物語」に由来します。フェニキアの王女エウロペと彼女を攫う、白く美しい雄牛に姿を変えたゼウス。

 

 出来事そのものよりも、むしろ背景などを好んだ画家は、攫われる直前の様子を描きました。壮大な海が、印象的です。

 

 

●牛のいる風景:19世紀前半

  

  ジュール・コワニエとジャック・レイモン・ブラスカサットという、2人のフランス人の”共作”です。この絵は、倒れた樹々が、転がる高台で、牛と羊が憩う風景を描いています。

 

 ブラスカサットは、1830年代より、風景のなかに動物を描き込む画風となりました。しかし次第に”動物画家”としての地位を固め、”風景描写”については、コワニエが補完するようになりました。

 

 

山の小屋

  ギュスターヴ・クールベ。1874年頃。

 

 クールベ晩年の代表作です。

 

 慎ましやかな山小屋とその背景に、遠く聳えるアルプス山脈が描かれています。クールベは、パリ・コンミューンに参加し、ナポレオン記念円柱破壊の責任を問われ、投獄されました。財産も差し押さえられ、亡命を余儀なくされました。

 

 この作品は、亡命先のスイスで描かれたものです。

 

 

庭にて、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの木蔭

  ルノワール。1876年。

 

 ムーラン・ド・ラ・ギャレットは、モンマルトンにあった”大衆的ダンスホール”です。ルノワールは、その直ぐ近くにアトリエを借り、その”賑やかさ”を描きました。

 

 手前の女性は、お気に入りのモデル「ニニ」、その直ぐ後ろから顔を覗かせているのは、モネ。

 差し込む陽光や人物の重なり合うような配置は、彼らの”親密さ”を強調しているようです。

 

 

パリのサン=ミッシェル橋

  アルベール・マルケ。1908年頃。

 

  19世紀半ばから、ナポレオン3世のもと、オスマン・セーヌ県知事の推進で「パリ大改造」が行われました。幅の広い大通りや広場・公園などが整備され、高層の集合住宅や巨大な公共施設が産み出される一方、失われる古い街並みや周縁部に追い出される貧しい人々も現れました。

 

  1908年、マルケは、サン=ミッシェル橋が一望出来る部屋にアトリエを借り、11年まで、季節や時間を変え、移ろいゆく橋を描きました。

 

  穏やかな色調と巧みな”単純化”により、詩情豊かなパリに都市風景が、産み出されました。

 

 

草上の昼食

  モネ。1866年。日本初公開。

 

 フォンテーヌブローの森のはずれにあるシャイイ=アン=ビエールです。マネの「草上の昼食(水浴)」に刺激され、後に妻となるカミーユや友人バジールらをモデルに、スケッチを重ねました。

 

 都会生活を垣間見せる流行のドレスを纏う同時代の人々の様子を印象派の表現を予感させるような”煌めく陽光”にも意欲を示しました。

(女性モデルは、全て、カミーユとのこと。)

 

 

 

 

白い睡蓮

  モネ。1899年。

 

 200点以上にも上るモネの「睡蓮」画のうちの、初期のものです。

 

 枝垂れ柳、孤を描く太鼓橋、水平に広がる睡蓮の葉など、モチーフ毎に多様な筆致で、奥行きがある豊かな風景が産み出されています。

 

 モネは、この庭に水を引き、橋を架けて、睡蓮を育てて、自ら”理想郷”を創り上げました。

 

 

サント=ヴィクトワール山の平野、ヴァルタロからの眺め

  セザンヌ。1882-85年。

 

  セザンヌは30点以上、この山の姿を描きましたが、限られた色彩を使いながら、自然を前にした新鮮な感覚が感じられます。

 

  中景に「家」が、構図全体を引き締めています。人工的な直線の「家」と自然でゆるやかな曲線の「山」とが対照的です。

 

 

●港に並ぶヨット

  ドラン。1905年。

 

  「フォーヴ(野獣)」派の先駆けとなった作品です。

 

  スペイン国境に近いコリウールという港町ですが、自由で鮮やかな色彩とリズミカルな筆致で描かれ、まるで子供のような自由さと素朴さが魅力です。

 

 

 

 

馬を襲うジャガー

  ルソー。1910年。

 

  ルソーは、「植物園の温室より遠くへ旅行したことが無く」、実際には、熱帯に足を踏み入れたことはありませんでした。パリで目にした”異国の片鱗”から、パリの植物園や動物園あるいは図鑑や雑誌により、想像を膨らませ、「熱帯ジャングル」を見事に描きました。

 

  この絵では、凄惨な場面ですが、むしろ凄惨な場面を描くことにより、「幻想的な静寂」を生み出しました。

 

 

 

マタモエ、孔雀のいる風景

  ゴーギャン。1892年。

 

  1891年4月、ゴーギャンは、タヒチ島へ出航します。鮮やかな色彩や素朴なモチーフの数々に魅せられ、加えて豊かな想像力を駆使しながら、美しい島の風景を描きました。

 

  「マタモエ」とは、”死”を意味するそうです。文明化された自己の死に、島で生きる「野性の人」として、生れ変わった象徴を見ているのでしょう。

 

 

●霜の降りる朝、ルーヴシエンヌ。

  シスレー。1873年。

 

  明け方に霜が降りたルーヴシエンヌの風景を描きました。朝日を受けて、木々や家がオレンジ色に染められていく、清々しい風景。いかにもシスレーらしい作品です。