”西陣聖天宮”とも呼ばれ、地元の信仰絶大な「雨宝院」です。弘仁12年(821)、嵯峨天皇の病気平癒を祈願するべく、弘法大師が「大聖歓喜天像」を彫り、その甲斐あって天皇は快癒されました。喜ばれた嵯峨天皇が弘法大師を開基とし「大聖歓喜寺雨宝堂」を建立されたのが始まりとされています。

 

 

 

 

 

「御室の桜と同種の八重”歓喜桜”」を期待して行ったのですが(3月下旬)、やや早かったようです。

椿は、美しく咲いていました。

 

 

 

 

久邇宮朝彦親王がにわか雨を凌いだとされる「時雨の松」です。立派なアカマツです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「染殿井」。

この井戸で汲み上げる水には、鉄分が少なく、(西陣織の)染色に適しており、常に涸れることはなかったと言われています。