古都鎌倉でも有数の古社・御霊神社です。


かつては、大庭、梶原、長尾、村岡、鎌倉の平氏5家を祀っていましたが、鎌倉権五郎景政の武勇が余りにも有名になり、いつしか、権五郎ただ一人を祀る神社になりました。


権五郎の命日である9月18日に行われる「面掛け行列」という、面を付けた十人衆が町内を練り歩く神事が有名です。



1


2

3


4

5

権五郎の武勇は、司馬遼太郎の「街道をゆく、三浦半島記」でも詳述されました。


権五郎は、八幡太郎義家の家臣でしたが、敵に右目を射られながらも、その敵を射殺しました。友人の三浦為嗣(為継)が権五郎を助けようとし、権五郎の顔を足で踏んで矢を抜こうとしました。


そのとき権五郎は、感謝をするどころか、(武士の顔を踏んだ無礼を怒り)ひざまづかせて矢を抜かせました。(命より誇りを優先させた)として、鎌倉っ子の圧倒的な支持を得たようです。


6

7

立派なタブノキです。


8

右眼を射られながらも相手を射殺したということ以上に、痛みに平然としていた勇猛さが評判を呼んだようです。「面を踏むな」と親切な戦友に食って掛かったことも、過剰なほどの勇気があると看做されました。坂東武士の好みのタイプとして、その武名は、否が応にも高まりました。



9

10