今日の新党ぱんだは3種類も別バージョンがきましたので統一し編集してお送りしております。


ぱんだ君との交換日記は「議論」して「決着」を目的として投稿しておりません。
小生の一方的な寝言です。


交換日記なのに一方的なのです(笑)


僕も返信するにあたって、「決着」をつけてやろうだなんて思ってませんし、
先ほどの記事にも書きましたが、キャッチボールというよりは
20投手が投げたボールを、ぱんだ捕手が取るというスタンスが近いかなって。
ぱんだはあくまでキャッチャーなのでピッチャーよりも早いボールを投げようとも
思いません。僕なんぞの中途半端な意見に左右でなくて、20先生は20先生の言いたい内容を一方的に語ってくれることを僕も期待しております。


確かにぱんだ文章は大学の時に文学部でしたので勉強はしましたが、
今は創る人ですし、交換日記のなかの文章にて何かを表現したいとも思いませんし。
むしろ文章で表現したいのであれば、小説だとか詩だとかもっときっちりした形で
自分を表現したいとは思います。


色々な投稿の中に思想が潜んでいます。読了する人が勝手に推察すればよいかと思います。とはいえ、
「陶芸」を通じて、人生の希望や為すべく大切な事を綴っているつもりです。
この投稿の中に悩み、楽しみとの推移が存在します。


「恩師の話」「技術の話」「これからの展望」「訓練校の現状」
などなど内容が多岐にわたっているので読み取るのは難しいときもありますが
「ばらばらに見える内容だけれども、言いたいテーマは一つ」
なのだと思っております。


さて、「陶芸」とは? 視点を変えて創作する行為で発展します。
とは言っても基礎になる技能・技術は大切です。


逆にいえば視点を変えられるだけの技能・技術があれば十分に発展はしていくからそのレベルで技術は十分
ということなのでしょうか。


ぱんだ鉄からアイディアをもらったり、ガラスからアイディアをもらったり
プラスチック(レジン)からアイディアをもらったりしております。


やはり僕の場合ですと違う原料から
「これを陶器で作ったらどうなるのか?」
という発想が一番多いですね。


頭で考えたり、過去形(現在創ってない人)の人は会話の俎上に乗れません。
小生は学生時代に「先生」は現在進行中の人しか認めませんでした。 その思想は変わりません。 学者は別ですが。
今、創って悩んでいる人同士が共有する世界で生きたいと思います。過去形の人は話題とする内容の俎上が違います。
指導する人は現在、同様に創るという舞台が同じでないと共感度が異なります。


児童文学作家の灰谷健次郎さんは定時制の高校をでたそうですが、
先生のなかには、昼間は八百屋で店番をして、夜になると教壇にたってと定時制ですから昼間働いてから学校にくる灰谷さんはじめとする生徒さんと同じような生活、教師という一段上からではなくて同じ目線で。


授業が終わってからその先生の家にまで行って一つコタツに入って一つの鍋を食べて授業の復習をしたのだそうで。


読んだエッセイの段階ではいまだにその先生と灰谷さんは交流があったそうで
(灰谷さん自身はおととしに亡くなられておりますが)

「灰谷はいつも家に来ては『もっとうまいものが食べたい』ってよく言っていた」
だなんて昔話をする先生に灰谷さんは頭があがらないとも書いてありました。


小生は自分の失敗や成功を赤裸々に語り遺言としたく思います。
自分の事をとにかく秘密にしている人は論外です。 人生の丸秘事項は誰でも存在します。 自分のことを公開する事は勇気が要ります。

「陶芸」の技は言葉でいくらしゃべっても伝わりません。むしろ、無言の「作品」や無言の「行為・行動」の方が良く伝わる場合があります。 饒舌に口角泡を飛ばして説明など、むなしい限りです。


特に男性は、僕なんぞも譲れないことはまったく譲らないタイプ
上から押さえつけるように言われたら、逆にまったく言うことを聞かなくなりますもの。。


「言葉」ではなくて「行動」で。
そして「分からせる」のではなくて「気づかせ」ないと

人って本当に分かって実際に行動も変わっていくことにはならないなと。


人の生き様も当にその通りではないでしょうか。 高校の恩師で現在、金沢美大の学長をされている人がいます。
「久世建二先生」この先生の生き様など小生は見事と思い尊敬しています。
小生は高校で工業デザインを教わりました。
エンペツ削り機のレンダリングで高評価を貰いました。




と評価する立場にぱんだはありませんが、まずなによりもいいお顔をされているなと。前衛陶芸家にありがちな「欠けている」感じではなく、まずは人として人らしく地球に立っている人だなぁと。

外見で人を判断してはいけないだなんていいますが、やっぱり生きてきた過程が必ず顔にでますよね。

40歳をすぎたら自分の顔に責任を持てだなんていいますが。


実直剛毅な久世先生の雰囲気がよくでている作品ですなぁ。

まず鍛えるべきは自分自身ですね。



高校教員をしながら、前衛作品を多く創り、実績も作り。 人柄も大変人を引き付ける剛毅なものを持っておられます。
学長という重責の仲でも作品を発表されています。
若い時代を知っているだけに見事な作陶姿勢です。
小生など足元にも及びません。小生は小生で専門校を基盤に訓練生・修了生にこんな生き方ですよと。
口だけでない姿で示したいなあ!と思っていますが。


あれこれとネットにて読みましたところ、金沢大学ができてから最年少の学長だそうです。

オブジェの人であっても質問したらしっかりと論理的に答えてくれそうですね。

ふむ、会ってぱんだどーんとぶつかって自分の小ささを確認したいところであります。


と11位ありがとう。


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