本日送付されてきた陶芸協会の会報に「事情により来年休会認められた」とのこと。
10月の訪中後、会長の加藤幸兵衛先生に報告します。
これで、お世話になった美濃の陶芸としばらくオサラバトなります。
加藤幸兵衛先生に報告
ってだけでぱんださん
「あーすごい!参りました」
と雲の上のような感じですもの。
幸兵衛先生に報告をするような20先生を再認識
だなんて、裏を返せば
ぱんだ20先生を甘く見ているということなのかも知れませんが(笑)
ぱんださん権威とブランドとラスターに弱くてごめんなさい(笑)
(幸兵衛先生は実力あるお方ですので誤解のないようにお願いいたします。)
景徳鎮でどんな作風が展開されるのか考えますとワクワクとします。
ですなぁ。「陶磁」と冠がつくくらいですもの。
あれこれと原料材料あるでしょうし、生活も一変します。
また新たな方向が見えてくるでしょうからね。楽しみですわね。
本日の「瀬戸物祭り」修了生は無事売れたのでしょうか?
こんな思いは初めてです。
また、在校中の訓練生が少しでも望むべく進路に落ち着いて欲しいものです。
まあ!余り感傷的にならず、定年の月のはそれほどの事は無かったのですが、今回の動向は小生にとって大きな出来事です。
どうやら也月さんブースがずいぶんと売れたようですねぇ。
Nっちさんは初日は苦戦したとのことでしたが。
20先生もNっちさんのコメントに書かれていましたが
「せともの祭は一過性のものだからと」
ですね。あくまで「祭り」として捉えないと方向性間違いそうですわね。
僕も今回「祭り気分」で参加をしようと思いましたが、
ちょっと祭りにしてはずいぶんと手間かかるぞと断念したところもあるのですが。
僕はもうちょっと違う道を行きたいと思っております。
とはいえ瀬戸にとって、訓練生、卒業生にとって大事な2日間であることは
間違いないとは思いますが。
電気炉について
窯業と言われるとおり、「窯の選択」は重要です。
電気窯は他の窯と比較して、安全が一番です。
しかし、炎の焼成で無いのでスカッとしません。
小生は予算も無かったので12年間使用しました。一応、薪還元で。磁器・トルコ青・赤絵・金銀彩・青磁・焼き〆など。1270℃まで上げてガス炉と遜色ありません。
とぱんだ電気窯を以前はこばかにしておりましたが、
今の会社に入ってから毎日のように愛用使わせてもらっております。
ごめんなさい電気窯さん。
しかし、還元時には煙突がないので煤で鼻耳まで真っ黒で3時間位、何が有っても離れる事ができません。
20㌔の窯でした。
窯詰めで小さい作品が多いと腰をやられます。
ギックリ腰をやりました。素焼き一回で本焼き二回分くらいあります。
えぇ?煙突がなかったのですか?
ぱんだ社では、
天井を突き抜ける煙突と、還元をかける時には電気窯の蓋から出る穴をつないで
外に排気するようになっております。
社長の部屋が研究室の上にあり、窯の熱が煙突を通じて上に逃げるので
冬は暖かくていいのだけれども、夏は暑くてかなわないそうであります(笑)
取り扱いが便利です。女性でも、設置は都会でも可能です。湿気の多い所はいけませんが。
電気代はガス・薪・灯油より高くつきます。
自動制御の廉いものなら8万位から。
炊飯器と同レベル程度です。
完璧の制御装置は100万以上します。
以前からの流れは、先ず電気炉で稼ぎ、次はガス炉と。
そして、電気炉は素焼き・上絵・金銀彩としました。
ぱんだのように
原料を小さなカップにいれての単身焼成やら、
5%10%15%20%と原料をちょこちょこと変化させたテストピース
などなどそれほど量はないけれども毎日焼きたいという人間にとっては
30×30×30の電気窯は必須アイテムであります。
高くなっているとはいえ一番安上がりなのは灯油なのでしょうけれども
スイッチポンの手軽さは一度使ってしまうとこれはやめられません。
小生の知る京都は五条坂や泉ニュウ寺辺りは薪の煤煙が問題になり一気に電気炉と変貌したものです。
関西の電気炉は吉川電気炉・瀬戸は服部・美濃は共栄ですか。
小生は大阪のコロニ-は吉川、名古屋の守山では服部。
専門校は服部です。
中国工場は共栄さんの電気窯を使っております。
13年間カンタル線は何度か張り替えているそうですが、ずいぶんと長持ちしておりますので、僕も自分で買う時には共栄さんを考えております。