「いい点を採らなきゃ…」いつもテスト前には不安になる。
実際、今日もTESLの最終試験に向けて「いい点を採りたい」と強く願った。

なぜいい点を採らなければいけないのか。
「いい点を採れば、褒められるから」
単純に言えば、私にとって、これが一番の目的であると思う。
これは小学生の時から変わらない。

しかし、今思えば、それでは本末転倒である。
そもそも勉強をする目的は、そのスキルを身につけることなのだ。
それは、決して誰かに対して行うことではなく、自己完結でなければならない。
いい点を採ることは、そのスキルを身につけたという証拠である。
だからこそ、それが大切だというのであれば話はわかる。

子どもたちにとっても、テストの目的が「いい点」になってはいないだろうか。
「そもそも学力とは何か。その視点が欠かせないはずだ。」
社説の中のこの言葉は、勉学をすることの意味についての疑問を投げかけている。

「生きる力の教育」から派生した「ゆとり教育」の見直しがなされ、約2週間が過ぎた。
大人たちは「全国テストでの点取り」を考えるよりも、まずは「勉学とは」ということに目を向け、点数に惑わされない教育の現場を作っていかなければならない。


毎日新聞 社説「全国テスト まず学力観の共有を」2010年4月21日 2時31分
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100421k0000m070129000c.html
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ってなスタンスでそれぞれを使い分けたいなーって思ってるんだけど。
そうそううまくいくかな?

だってさ、mixiであんまりまじめなこと書けないしさ。
twitterの140文字で何を語れっていうのさ。

もう既に新聞読むのさぼり始めてるから、それも改善しなきゃな汗