(昔のエッセイ再掲載です)
世の中がブッソーでも退屈でもかまやしないけど、一緒になってモンモンとしてあげる理由なんてどこにもないので小生は気になってた音楽をば探しにでますと欲しいアーティストのCDを置いてる店がとても少なくて困惑しますよほんと。
んで4件目でやっと「レミオロメン」「スネオヘアー」「ストレイテナー」あたりが置いてある店にでくわして、ま、そーゆーアーティストあたりがあると今度は視聴機が置いてあったりする店なんでバンバンガンガン聞き入ってしまうわけです。
テレビや映画に力がなくたって、まんがや雑誌がつまらなくたって、今度は音楽が面白いってんだから楽しいよね人生は、ってな。
いやいや、レミオロメンはラジオのCM聞いてて「うわーーーーーーーーーーー」ってなったんで聞きたかったんですけど、ま、どのマキシが🐼を「うわーーーーーーー」にしたのかわかんなくて視聴機でもりもり聞いてたら、プロモまでながれやんの!
かっこいーーーーーーーーーーーーーーー!!
キャプションも表示されてたんで読みますと「元祖でぶやエンディング」あははっはははっは!
レミオロメンの曲がでぶやかぁ!!買い!!
スネオヘアーは「お父さんのバックドロップ」が気になってたのと、スペースシャワーTVでのしゃべくりの流暢さに心奪われてたので「ストライク」をば購入。
ストレイテナーはラジオでアジカンがホメホメだったんだけど、ヘビーすぎまして。今の🐼にはレミオロメンくらいのスタンスが一番しっくりきました。
んで、レミオだのアジカンだのストレイテナーだのと思い当たる音楽達のことごとくが「へこんだヤロー連中の歌」であることにハタと気付きまして、いいよな、ダメムシの歌ってのはと再び感じ入るわけです。ののしり単語じゃありませんことよ?カッコイイ曲っつーのはさ、カッコもいいけど、先に「こっちに響くもの」であるんだから、まず「ダメムシ」の視野がこいつらわかってるんだっていう共感がある。
ダメムシ、漢字で書けば「駄目虫」ですね。うふふ。
「モラトリアム」ってマキシ買ったの、レミオの。
「丁度僕なんかのように 君なんかのように
不完全なもんが合わさって
たまに完全にみえるんだ」
圧倒的に毎日が退屈だったり、がっかりするものの連続である時が生きているとある。
それはどこか自分が悪いかのように錯角しちゃって、ついいろんなことにおっくうになるときがある。
でもほとんどの「退屈」や「がっかり」が自分の外から放り込まれてきたものであることに気付いたり、そうしたものへの「自分の解釈」が悪かったりするだけだと気づけると、次回からはそうした「がっかりすること」へみすみす自分を入れないで済むことができる。
たまに見えた「完全」を知ってるから、がっかりだってできるんだ。
ほとんどの生活ってものが「完全じゃないから」って嘆くのはかっこわるすぎる。
ほとんどが不完全である毎日が重なって、ぶつかって、こんもり盛り上がってる中にひとひらの「完全」が偶然見つかって、やった!ってくらいを愉しみでいいじゃない!
「広い世界でどうやら迷子
見失ってしまう時もある
上手くやるだけがすべてじゃない」
上手くやることをいつもいつもいつも自分に課していると、どこか現実にジレてしまってガッカリしたり悲しくなったりしてしまう。
本気な程にそれはひどくなり、自分の中に殺伐を生み出す。しまいには他人にもそれを強いる。それはとても醜くすぎる本音だ。
生きてる毎日を迷えないようなクズ野郎なんかに「気にするな」なんて慰めをいわれるのはシャクだし、ウルセエ、バカ野郎!!お前にはいわれたくねえ!!って思うものです。
だからレミオロメンにこれを歌われると「そうだよな!!」ってうれしくなる。
表題にある「ブサイクな連中」っていう表現は私なりの敬意でして、つんくプロデュースの連中に「頑張れ」ソングを歌われると「貴様らになにがわかんだよぅ!」って怒りが先に走るんですよ、血管の中を怒りに満ちた物質がめぐり巡っていくのが分かる。
誰に、その「いってほしいメッセージ」をフレーズにしてもらえるかでこちらへの浸透率が変わるのだ。
全部をいってほしいとか、教えてほしいっていってるんじゃない。
今のこの感情や状態に上手な着地点をにおわすセンスが欲しいのだ。
きらびやかにそれを贈呈されても僕らは「いらない!」って叫んでしまう。
だからかなう限りブサイクなスタイルでそっけなく放り込んでほしい。
それが上にあげてきたアーティストたちはやってくれる。そこに惚れ込んでしまうのだ。
ベタ惚れにね!!
