東京風味を体感した関西人がとる姿勢に思う | アメブロなpandaheavenブログ

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最近漫画の先生始めました。
好評です☆

写真を撮ったり映画を見たり。でもやっぱり普通が一番!
みんなも無理しないでね!

 

 

 

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最近で顕著な例示だったんでこの時期で引用しますね。

かまいたちさんになんら他意を持ちませぬ🐼です。

 

「関西と比較しだす」とか「関西を丸ごと持って行っただけ」など、喋りが関西風味を維持はしてるので、アイデンティティは関西人なのでしょうが、このほかの地域の人は少なからず「東京に紛れて支障のない」目立たなさにウェイトを置く時点で、関西の方の「負けるものか」観はどうしてもにじんで透けてしまう。

 

そうなるといっそ「関西出身者」を随分すっかり色を消す方も大勢いらしてるし、イントネーションやとっさの一言すら、細心の注意が行き届いてる方もいらっしゃいます。

 

東京側にしてみれば「こっちでは普通、そうなんで」でしかないものを、逐一「関西では・・」とするのは、正直見てて気が重くなることが増えました。大阪おったらええやんって。

 

「やっぱ東京(圏)は違うわなあ」をいいたくなっちゃってるあたりが、関西人でなくとも「それ、言わんでええんちゃう?」と思うんです。ほかの地域の方が同じこと思ってても、ちゃんと黙ってられるのに。

 

関西テイストもったまま、東京に終の棲家を持ち、そこで土に還る・・・というのは、ひとつのモデルケースで確立してる。

 

吉本所属しても、未だに未だにいつまでも「東京で一旗あげる」が未だド定番なのも、「もうええんちゃうの?」って思う。東京は東京で集う人らが十分先んじていらっしゃるんやし、大阪から戦ったらええやん!と「在京キー局」と「在版キー局」をどっちもテレビでもラジオでも見られて聞ける愛知県人は思うのでした。
 

 

温度差がある部分って比較して同じくするより、土着のありようの、文化の差のままの方が、彩になって豊穣に思うんだけどなあ・・・