こんな温和のイメージじゃなかったですからね、田口さん。強烈で勇んでるイメージでした。それゆえに、かのナレーションの抑揚の巧みが映える次第で、その相反する側での戦闘行為位に見立ててかのアナウンスに惚れ込むのでした。
製作工程のつきあわさせ方、もはやハラスメントじみた執拗と拘束ですよね。けど、そこ経由でしかかのクオリティに達しえなかった事実も相反しながらも実証されてる印象。
ゆえに、時代の趨勢のうちに、かのあり様には今や至らしむる術が代替しない。
いいやら悪いやら。
過酷が下敷きの名作は、ある意味収奪行為に親しく見えます。ここまで過激なチューンだったんですね。
テレビは、元気で明るくて、早い。それが合わなくてなかなかお仕事をできなかった
あはは、すごいな。
高校生のときに、唐十郎さんの「状況劇場」の芝居を観て、こんな自由でオルタナティブな生き方をしてもいいんだって衝撃を受けて。そこからパンクムーブメントが入ってきて、技術とかルックスとか、そういうものを一切なくして、「やる気と発想さえあれば音は出せるんだ」っていう精神が僕のなかで合体して、こういう人生に。
大学には4年間行きましたけど、1年生のまま留年し続けて、そのまま流れ込むようにアングラ演劇やバンドを始められたのが、80年代から90年代。そういう時代に青春期を過ごせたことは、ラッキーだったと思います。
バックボーンのうちに宿らされるものが20世紀には実際あったし、🐼も田口さんとはベクトルを異にはしますが、やはり時代が渡してくれた大いなる感慨に巻かれて飲まれてハッピーな世代の一員になれました。こういう否応のなさが現代には「不幸」ブロックしか見当たらず、嫌だねえってつくづく思います。
時代、でくくって終いにするには、取りこぼしが多めすぎる気もするのですけれど、実際時代の申し子なのも本当な気がします。