このまま、なのか | アメブロなpandaheavenブログ

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最近漫画の先生始めました。
好評です☆

写真を撮ったり映画を見たり。でもやっぱり普通が一番!
みんなも無理しないでね!

 

全然大人になりきれてない気がします。まぁそこは仕方ありません。とはいえ、このごろ思うのは「あれ・・・このまま死んじまうのか?」ってことでした。

 

世間的には生まれて・育って・学校行って・会社行って・家族もって・年を召して・死ぬ、のであって・・・あれ?どこで「生きた」ことになったんだっけ?みたいな人をたくさん見かけてる気がしてきたんです。そ、その生き方って・・・納得できるの?って

 

余計なお世話なんですよ、判ってるんです。ただ、それに倣うのはちょっとかんべん、ってところが出てきたんです。ヤングのうちは「まだ知ってないことが多いしな」って自覚の元に、多少の無理難題や無茶振りも甘んじて受けとくか、って気もあったんですけど、中年超えた辺りからオヤオヤ・・・なんだか雲行きが怪しいぞ・・・どうも「このまま人生の終わりまで、こんな感じ」で済みそうな気配だぞ・・・」って周りを見渡すと、いや、まさに、どうも「このまんまの延長線上で終了〜♪」の人らがチラホラ。

 

まるで「なんもないまんま終了」っぽさがにわかに現実味めいてきたとき、「あちゃー」と想う気持ちの方がうんと濃くなりました。

 

一旗揚げたい、だなんて思ってる訳じゃなくですね、なんかこの窮屈さだけでおしまいにさせられる癪っていうんですかね、やだなって直感的に思いました。面白い方にいきたいな、ってね。

 

同世代でも、成人そこそこでなくなった子もいれば、志半ばで他界した子もいるし、仕事場で事切れてしまった友人もいたりします。いつ亡くなるかは誰にも予定のつくものじゃないので、どうにもいいようがないんですけれど、に、してもですよ、せめて「わたし、生きて過ごしてた」はあってもいいんじゃないか、と。

 

そう思うと、自分の時間で生きてなくちゃと感じるようになってきました。

 

や、何がしたいってんでもないんですけどね、どうも、流されて、いい人で生きてると、どうもそれで済んじまうな、ってのは、惜しくなってきたって話です。