(これは10年前のくらいのエッセイです)
新聞記事に「『ガーファ』の世界で」ていう見出しの記事を読みました。
??聞いたことないぞ、ガーファ。なによなによと思ったら、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字とっての単語だって。
わかるかいそんなもん!っていう略称が、このごろぐぐんと増えた気がします。
リテラシーだかなんだか知りませんけど、基本おじいちゃんおばあちゃんの理解できないことは、わるいものだと私は思ってますので、こんな単語の意味するものなんてどーせろくでもないですよ、っていいたい。いいたいのです。
ところで、IT企業の恩恵は、実際あります。アマゾンの普及で、買い物は遠くの企業から安価で入手することをやらされてて、地元のお店はお金のなくなったところからどんどんなくなっていくのでした。これがいいものなのかどうか、正直嫌な気持ちなんです。
最近、グーグルマップが我が輩のマックのOSとブラウザでは「使えません」と縁切りされました。唐突にです。iphoneだけがかろうじて、使用できるデバイスとなりますが、連携ができず、両方YAHOOの地図に乗り換えようかと思ってます。
iphone内の音楽も、とっくにMac本体と同期できなくなっていて、まぁつまり新しいMac買えってことなんでしょうけど、もう嫌んなっちゃってるんですね。ですからipodもMacもiphoneも入ってる音楽がまちまちで、ばらばらです。整えようもないんです。
10万くらいのデバイス買っても、10年使えなくなってるこのご時世って本当に「便利」って表現であってるのかしらって、このごろ良く思います。
しかも複数買っても、複数じわじわと「あなたの環境では使えません」の頻度がどんどん高くなってばかり。昔は少なくともこういったストレスはなかったからスマホもパソコンも、ITに関わるデバイスには基本的にこうした「突然やってくる『あなたは蚊帳の外!』あしらい」が予感でき、ああ、そうだよねと思いつつ、できるだけ近寄らない方向に、このごろシフトしてます。
ストレス抱えるために、「便利」に載っていく感じがしちゃってるのね。
SNSとブログにも、実はこれに似た「嫌な予感」がしてます。自分が当てにしてる媒体が、反旗をひるがえして、「これまでのこと」ごとかっさらうような態度になるんじゃないかしら。外れるといいんですが。
私の母はスマホもパソコンもしません。メデイアといえばテレビかラジオです。時間があると庭で雑草を抜いています。メディアがなくてもちっとも不幸じゃありません。どうやらなくても平気なもののようです。ああ、これでもいいなあって思うのでした。
