今回の地震に関連した出来事について、思うことを書くことにする。
地震そのものについてや、被災地、被災者のことは書かない。
外野の私がなにを書いても、他人事の域を脱しないからだ。
まず、いつも槍玉に挙げるマスゴミである。
リポーターの無意味さ、無神経さ、無礼さ、等々については、
茄子の記事に同意なので、割愛する。
私が憤慨し、そして違和感を感じたのは、
記者会見に臨む記者どもである。
東電に対するあの態度は、なんなのだろう。
偉そうに。
確かに、社長に象徴されるような、東電の隠蔽体質、
日の丸体質にも問題はある。
しかし、立場の弱い相手に対し、
自分を国民を代表する正義の味方だと思い込んだ、
あの勘違い甚だしい態度には、吐き気を覚える。
きっとあいつらは、弱い者イジメの批判を繰り返しているだけで、
目の前の被災者に対しては、なにもしていない。
次に、原子力発電所の事故についてである。
原子力発電所の要不要については、書かない。
私が憤慨し、そして違和感を感じたのは、
東電の隠蔽体質と政府の無能さである。
上記と矛盾するが、やはり東電の隠蔽体質には問題がある。
高速増殖炉もんじゅの、
ナトリウム漏れ事件での対応の酷さも記憶にあるだろう。
いま言っていることと、さっき言っていたことが違う。
一貫性がない。
誰かが裏で糸を引いていることは、明白である。
そして、それに追随するだけの政府。
厚顔無恥なイヤンバカン総理大臣は相変わらず余裕の表情だが、
状況を理解できる官房長官は、冷汗を流し、少しやつれた。
結果、安全だったはずが爆発を起こし、
水蒸気とされたものから、高濃度の放射能が検出された。
30キロ圏外が安全だと言うのなら、32キロ地点に本部を構えよ。
想定外では済まされない。
想定外だと言って逃げる専門家は、即刻その職を辞せよ。
それから、買占騒動である。
我が民族は、どうしてこうなのだろう。
オイルショックのときに、トイレットペーパーを買い求めた光景が、
フラッシュバックする。
関ケ原以西の様子は、どうなのだろうか。
パン屋からパンが消え、スーパーからトイレットペーパーが消え、
ガソリンスタンドに、給油待ちの行列が出来ているのだろうか。
すべては、不安感からの行動だと思うが、なんなのだろう。
災害に備えるのは大切なことだが、お前が備蓄する以前に、
それを必要としている人間が、東北地方にいるんだよ。
お前が食べきれずに腐らせたパン、
戸棚に眠ったままのカップラーメン、トイレットペーパー等々。
そして、それらを運ぶために必要な燃料。
勿論、直接的に、東北地方の需要供給と連動しない場合もあるだろう。
しかし、そういうことではなく、
お前らは、人間として後ろめたくはないのかと言いたいのだ。
自分さえ良ければいいという考えのお前らは、
誰からも助けられず、孤独に死んでゆけ。
最後に、津波の映像や悲惨な映像が、
子供に悪影響を与えるのではないかという議論が持ち上がっている。
同じ映像を、繰り返し流すのも如何なものかと。
しかし。
長文になりすぎたので、またの機会に書く。
明日も、暖かかったらいいな。
