イントロのギターアルペジオが印象的かと。

ベースは割りと単純な8ビートですね。

しかしドラムのアレンジが苦手だなぁ。

待っている ← ココをクリック!



以前に投稿した曲の編曲版です。

動画の貼りかたが分からなくなったので

ようつべにジャンプ!

サビのギターパートはJAMのラバーソウルに

インスパイアされましたけどね。

曲後半のサビ繰り返しでの

ベースラインの変化が肝だと思ってます。

雨音 ← ココをクリック!



二人で歩くには
少しコツがいる
君の歩幅は狭い
できるだけ時間をかけて
景色を見ておくよ
振り返る
君のいる景色を

バンプ・オブ・チキンの
スノースマイルという曲だが
娘と戯れている最近じゃ
この詞を口ずさむだけで
涙腺がゆるむ



まあ、待て。
10月14日だ。
小向美奈子のAVが発売される10月14日まで、
もう少し待ってろ。

理想の人を追うならば

誰かの理想の人となれ

重大な事実にもかかわらず、何故か終息に向かっている感のある事件。
とうとう、福島原発で漏出拡散されている放射能濃度が、
10シーベルトを超えた。
もう、マイクロとかミリとかいう単位はなくなって、
そのままで10シーベルト。
しかも、測定器のマックスが10シーベルトなもんで、
実際は何シーベルトなのか、計り知れないんです。
放射線被爆者医療国際協力推進協議会の資料によれば、
4シーベルトでは30日間で50%の人が死亡。
6シーベルトでは14日間で90%の人が死亡。
7シーベルトでは100%の人が死亡。
えっと、7シーベルト以上では即死なんですかね。
枝野くんの言うところの「タダチニ」人体に影響しちゃうんでしょうか。
まあ、今更って感じなんですが、やっぱり3月11日から、
タダチニ人体に影響のある放射線が漏れていて、そしてそれは今現在も、
そして数年後まで、漏出拡散され続けるということなんですね。
当時、チェルノブイリの放射能が西欧まで飛散し、
その農作物に影響を及ぼしたという事実。
この狭い日本で同じことが起きているわけで、それがどういうことなのか、
きちんと正式に公表してもらいたいもんです。
こういうことを書くと、風評被害だとか言われるかもしれんけど、
これは事実ですから。
どう考えても、福島県云々ってレベルじゃねーよ。
東北や関東の人間が、近畿や、遠くは九州にまで
移住しているという話を聞き、なにもそこまでと思っていたが、
彼らを神経質すぎる人種とは簡単に言い切れないかもしれない。
福島原発で、捨駒となって作業している人々に、未来はあるのだろうか。
芸能界を干されてまで信念を貫き、
この問題に対峙し続けているメロリンQ。
彼の言動が、狂人扱いされることなく、
世間の耳に届く日は近いのだろう。

梅雨に突入。
もうすぐ夏ですね。
みなさん。
夏の思い出はありますか。
懐かしいような。
切ないような。





もう、だいぶ前のことだが、中田夫婦と会った。

詳細は、茄子の記事を参照してもらうとして、

中田夫婦に関し、俺の感じたことを書こうと思う。

まず、中田である。

もう、この男は、結婚したからとか、子供が生まれたからとか、

そんなことは関係なく、中田のままだった。

興味を持ったものには、躊躇なく歩み寄る。

まるで、無邪気な子供のようだった。

しかしそれは、プライベートな側面なのだろうと思いたいが、

きっとそれは、中田の根幹を成しているのだろう。

そしてそれは、いい意味でもあるが、悪い意味でもある。

続いて、茄子。

基本的に、ドライな感じがした。

薄情というわけではないが、情け深くもないだろう。

しかしそれは、看護師であるための条件とも言えるかも知れない。

全体的に距離を保ち、他人のペースに巻き込まれまいとしているような。

茄子の心の扉を全開にするのは、相当難しいと思う。

単純に緊張していただけ説も無視できないのだが。

しかし、中田の無邪気さと茄子の警戒心は、

絶妙なバランスを保っていると感じた。

中田は茄子の警戒心をたいして気にしないし、

茄子は中田の無邪気さに安心している。

それから、娘。

中田は、完全に娘にヤラれてしまっている。

茄子は基本的に冷静ではあるが、気がつけば、

娘と接しながら、無防備になっている。

娘の顔に、茄子に似てるところを探すが、

中田に似ているとしか思えないのが悔しい。

俺に対して、愛想笑いを投げかけてくるが、

残念ながら俺は、基本的根本的に、他人の子供に興味は無いのだよ。

まあ、大切な人間の子供だから、お年玉くらいくれてやってもいいけどな。

最後に、デニーズで休憩しながら感じたことを書こう。

基本的に、茄子は我が強いくせに、一歩下がりつつ中田に接していた。

些細なことによく気がつき、素早く気を回したりもしていた。

それはとても大切なことで、きっと中田は、

茄子を大切にするだろうと確信した。

そして、決定的に茄子は我が強いので、

中田を手のひらで良く転がしていたし、転がっている中田も楽しそうだった。

決して似たもの同士ではないが、財布と小銭、本棚と書籍、モケダラと眼鏡。

そんな感じの、2人だった。



以上、すべて思い込みですが。