我が家のバーベキュー道具は、
父の遺品。
河原でバーベキューしたかったみたい。
わたしはそういうのがとにかくイヤだった
(河原って暑いじゃん)。
父が亡くなって、
母が施設に入ってから
たまーに実家のようすを見に行ってる。
あ、バーベキュー道具もってこー
みたいな軽いノリで持ち帰ってきた。
夫が「いい物あるじゃん」的に喜んで
もともと持ってたバーベキュー道具と一緒に
使ってる。
今夜はバーベキューだった。
わたしがヘアサロンに行ってる間に
夫が全部、用意してくれた。
「これもガタがきたな」
と、父のバーベキューコンロを指して夫が言った。
「そうだねー、たくさん使ったもんね」
「なんか壊れると『おじいちゃんに直してもらおう』とか話すんだー」
父は手先が器用で、
探究心が旺盛だったから、
なんでも直してくれた。
「そうやってなんでもないときに
思い出してやればいいんだよ」
夫の両親は、2人とももう亡くなっている。
夫は、自分のお父さんに、複雑な思いを抱えていた。
わたしは、夫が聞かせてくれるその話を、
半ば物語のように感じることがあった。
わたしの中のお父さん(夫の)像と
その話から浮かび上がる人物像に
乖離があるから、ときどき
「そんなふうには思えないなー」と
伝えた記憶がある。
亡くなった人への複雑な思いは、
直接、吐露する機会がない。
けれど、もういないからこそ
誤解を解けるのかもしれないとも思う。
夫はいつしか、
お父さんとの苦い記憶を、
強い口調で吐露することがなくなった。
わたしは、父の言葉で
すごくすごく嬉しかったものを
ときどき思い出してみる。
やっぱり愛されてたなー。
と、じんわり感じる。