いつも個性的な展覧会を開いてくれる
練馬区立美術館。
今回も素敵な展覧会があると知り行って来ました。
大正末期に東京で生まれ
戦後の激動期にどの団体にも属さず
ひたすら自分の絵を描き続けた
牧野邦夫という画家の展覧会です。
彼の作品には自画像が多く
展覧会にもたくさんの自画像がありました。
白い自画像 1978年
あらゆるところに牧野さんがいて
見に来た客たちを逆に観察しているかのよう。
最初は「自分大好きなんだな~」
なんて思いながら見てたんだけど
見ているうちになんとなく
そうではないような気がてしてきました。
絵を描こうと思ったときに一番身近なモデルって
自分じゃないですか。
絵を描きたいと思って周りを見たら自分がいた
だから描いたっていう感じがしたんです。
現に彼の自画像はほとんど同じような表情をしています。
その顔は自分というモデルを凝視し
皺の一本一本まで細密に描こうとしているようでした。
キャンバスが買えないときに
お盆に描いたという作品もあったりして
本当に描きたい欲求が強く
それに忠実に生きていた人なんだなと思いました。
自画像でなくてもたくさんの顔の中に
こっそり牧野さんがいたりします。
ジュリアーノ吉助の話(芥川龍之介作品より) 1970年
…ん?やっぱり自分大好き?(笑)
上の絵のように文学作品をモチーフにしたものも
いくつかありました。
特に芥川作品とは凄く空気感が合ってる気がしました。
彼の画家人生を表す作品のひとつに
「花帽子」という絵があります。(画像なくてごめんなさい)
初めにキャンバスいっぱいに花の絵が描かれ
それを見た画商が「これは売れる!」と思ったら
次に見たときにはそれが帽子となり
さらにそれを被る牧野自身の顔が描かれ
画商はがっかりして帰ったという解説に
思わずププっと吹き出しそうになりました。
もしかしたら売れると思って喜んでいる画商を見て
「売るために描いてるんじゃない!」という思いで
自分を描き足したのかもしれませんね。
そしてもうひとつ彼の作品の大きな特徴が
写実と幻想世界との融合です。
ガスコンロと静物 1970年
油のこびりついたガスコンロとヤカン。
題名も「ガスコンロと静物」となっていますが
どうしても目がいくのは背景にある沢山の人の顔。
彼の作品の多くは背景にたくさんの顔があります。
人とも獣とも悪魔ともつかない顔たちが
キャンバスを埋め尽くす様は心霊写真のよう。
でもそれが深層心理を表すとか
なにかのメッセージを伝えているとか
そういう感じはしないんです。
彼には実際にそれが見えていたのではないか。
それを忠実に描いていただけなのではないか。
そんな気がしてくるんです。
なんか霊的な意味とかではなくてね。
うまく言えないんだけど
そこにあるものの神髄を描こうと見つめていたら
普段は見えないものまで見えてくるような。
そんな作品の中でひときわ目を奪われたのは
このシンプルな作品でした。
イヤリング 1973年
彼の作品には珍しくモデルの女性だけを描いた絵。
この女性が本当に美しい。
でもこの作品のタイトルは「イヤリング」
その名のとおり中心には
女性の耳を引きちぎってしまうのではないか
と思うほどの重厚感をもったイヤリングが
精密に描かれています。
このイヤリングを描きたかったんだけど
この人がつけてたから人も描いた
とでも言いたげな姿勢が彼らしいと思いました。
私は今までたくさんの展覧会に行きましたが
今回初めて生まれた感情がありました。
それは「この人に自分を描いてもらいたい」という感情。
今まで絵を見ていても「こんな絵を描きたい」とか
「この場所に行ってみたい」と思うことはあっても
「描いてもらいたい」と思ったことはありませんでした。
でも彼の絵を見ていたら
その絵の中に存在したくなったんです。
どうしてそう思ったのかは
うまく説明できないんだけど。
50歳の時に描き始め10年で一層を描き
90歳で完成予定だったという「未完成の塔」
戦争を描いた「インパール」や
絶筆となった「雑然とした部屋」など
紹介したい作品はたくさんありますが
きりがないので気になる方はこちらをどうぞ。
- 牧野邦夫画集―写実の精髄/求龍堂
- ¥3,465
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モデルとして絵の中にも登場する牧野夫人が書かれた
それぞれの絵に対する解説も含め
ボリューム満点の素晴らしい展覧会でした。
牧野邦夫―写実の精髄展
in
練馬区立美術館 2013.4.14 ~ 2013.6.2